2012年ロンドンパラリンピックを目指し、日々過酷なトレーニングを行なっている日本人選手たちの今に迫る「The Road to LONDON」。今回はロンドンの選考会を兼ねて行なわれた大分国際車いすマラソン。降りしきる雨の中、国内3位以内を目指し、車いすランナーたちの熾烈な争いが繰り広げられた。そして、そこにはさまざまなドラマがあった。

 2011年10月30日。この日、大分市は朝からどんよりとした雲に覆われ、前日から降り続く雨は徐々に激しさを増していた。そんな中、大分城址公園には続々と精鋭たちが集まっていた。「大分国際車いすマラソン」。31回目を迎えたこの車いすのレースに、今年は18カ国から291名の選手(ハーフを含む)がエントリーしていた。マラソンの部・男子T34/53/54に参加した日本人選手たちにとって、今大会はただのレースではなかった。国内3位以内に入れば、来年のロンドンパラリンピックの出場が内定する。それだけに、集合場所の城址公園にはこれまでにない緊張感が漂っていた。

 スタート時間が迫り、交通規制がかけられた大分県庁前の道路には、フルマラソンにエントリーした総勢108名の選手たちが整列した。誘導員とプラカードを持った女子高校生に続き、ゆっくりとスタートラインへと歩を進める。右の車道には昨年、初優勝したマルセル・フグ、過去14度の優勝を誇る世界記録保持者ハインツ・フライのスイス勢。中央分離帯を挟み、左の車道には日本記録をもち昨年準優勝した洞ノ上浩太、今年4月のボストンマラソンで優勝した副島正純と日本人の優勝候補たちがズラリと揃っていた。色とりどりのレーサーに乗った108人の選手たちが一斉にスタートラインへと進む、その情景は圧巻の一語に尽きた。ひとりひとりから放たれるエネルギーが、ひとつの大きなオーラと化し、何か威圧感さえ覚えるような、独特な空気が漂っていた。

 午前11時。中央分離帯に大会委員長が立つと、それまで飛び交っていた沿道からの声援がピタリと止んだ。静寂の中でアスファルトと傘に叩きつけられる雨粒の音だけが、響き渡っていた。
「パーン!」
 号砲とともに、選手たちが一斉に走り始めた。そのスピードは、想像をはるかに超えており、その迫力に度肝を抜かれた。

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※「The Road to LONDON」はNPO法人STANDとの共同企画です。