サッカークラブ経営をやってみたいと考える人間は少なくない。プロサッカー選手の経験のある人間は特にそうだろう。
 才能ある選手を発掘し、育成し、強いチームを作る。自分ならば、選手を見る目があるし、もっと上手くやれる――そう考えるものだ。サンパイオにも自信があった。
 しかし――。
(写真:ブラジルでクラブ運営に携っているセザール・サンパイオ 撮影:西山幸之)
「グアラチンゲタでは、選手を発掘して、勝利も得ることができた。下のカテゴリーで優勝して昇格した。でも、お金をずいぶんと浪費してしまった。5部のリーグなのにお金を掛けすぎたんだ。下位のクラブには、相応しい投資額というのがある。理想を追い求めるだけで、ぼくたちはそれを理解していなかったんだ」

 サンパイオはこの失敗を機に、大学に入ることにした。
「マーケティング、マネージメント、ジャーナリズムなどを4年間勉強したよ。テレビやラジオに出演して話す機会や、新聞にコラムに書いたりするので、ジャーナリズムもきちんと学ぶことは必要だったんだ」

 ブラジルではごく稀ではあるが、サンパイオのように現役引退後、大学へ入る人間がいる。
 元ブラジル代表でサンパウロFCやイタリアのインテル、ナポリなどでプレーしたカイオなどもだ。現在、彼はブラジルのサッカー番組でコメンテーターを務めている。
「ぼくやリバウドは、自分のお金を無駄に使ったという痛みがあった。だから、大学で教えている内容が、すっと身体に入ってきたんだ」

 大学で学びながらも、リバウドとの仕事は継続していた。グアラチンゲタに続いて、サンパウロ州のモジミリンECというクラブを運営するようになった。
 モジミリンは、サンパウロ州の内陸部にある人口約86,000人の街を本拠地としている。1932年に創立されたクラブは、サンパウロ州1部リーグの下位にいることが多い。リバウドはかつてモジミリンでプレーしていたことがある。

 サンパイオと違って、リバウドは今も現役選手を続けている。
 リバウドは、08年から10年まで、ウズベキスタンのブニョドコルに所属していた。かつて元日本代表監督のジーコが監督を務めていたクラブでもある。チームの運営方針を話し合うために、サンパイオはタシケントを訪れたことがある。
 その時、たまたま10年南アフリカW杯アジア最終予選が行われており、日本代表と出会った。

「本当にびっくりしたよ。そもそもウズベキスタンがどこにあるかさえ知らなかった。アフガニスタンみたいに爆弾が埋まっているんじゃないかとびくびくしていたぐらいだよ。そこで日本代表に会うなんてね」
 サンパイオはおどけた。
「闘莉王がいたので話をした。あと、強化部にいたFC東京の人……そう、原(博実)さんもいたね」

 09年6月6日、サンパイオやリバウドが見守る中、日本はウズベキスタンを破って、W杯出場を決めた。
「力は、日本の方が確実に上だった。いつも通り中村俊輔はいい選手だったね。駒野、そして闘莉王、遠藤が良かった。遠藤が試合をコントロールしていた。彼は穴のないパーフェクトな選手になりつつあると感じたよ。中村は、あの中では次元の違う選手だった」

 日本の力は上回っていたものの、スコアは1対0。岡崎が前半9分に決めた先制点を辛くも逃げ切る形になった。
「あの試合を見て、日本の敵は、相手チームではないことを改めて思い出したよ。つまり、日本には相手を尊重する文化がある。戦う相手を尊重する。これはいいことだと思う。ただ、ピッチの中は別の話だ」

 今も、サンパイオと日本の繋がりは途切れていない。Jリーグで注目されているある若手選手の成長には、サンパイオが関わっていた。
「09年から柏と仕事をするようになった。柏の選手を見て、ぼくの興味のある選手をモジミリンで受け入れているんだ。2人の選手がブラジルに来て、日本に帰るとレギュラーとなった。そりゃそうだろうね、ブラジル人より日本人を相手にした方が楽なんだから。今後もいい選手を連れて、育てたいんだ」
 2人の選手のうち、1人は五輪代表にも選ばれた。最近、サントスFCから獲得のオファーがあったと報じられた、酒井宏樹である。

 この連載で取りあげた呂比須ワグナーは、来季からガンバ大阪の監督に就任するという報道が出ている。そして、酒井の才能を見抜いたサンパイオ――。
 かつてピッチの中で日本のサッカーを支えた男たちが、違った形で繋がっている。

 日本経済は地盤沈下し、かつてのJリーグの草創期のように、スポンサー企業が多額の資金を提供するクラブは限られるようになった。莫大な利益を生み出す欧州チャンピオンズリーグによって、欧州大陸の有力クラブとの資金力の差は広がっている。かつてのように、ブラジル代表クラスの選手を獲得できる時代ではない。
(写真:先日、パルメイラスのディレクターに就任したサンパイオ。新たな日本との関係も期待できそうだ。)

 それでも、日本にはこれまでに積み上げた歴史がある――Jリーグでプレーし、日本に思い入れのあるブラジル人たちは財産であると思うのだ。

(終わり)

田崎健太(たざき・けんた)
 ノンフィクション作家。1968年3月13日京都市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、小学館に勤務。2000年より退社して、文筆業に入る。『此処ではない何処かへ 広山望の挑戦』 (幻冬舎)、『W杯に群がる男達−巨大サッカービジネスの闇―』(新潮文庫)など著書多数。最新刊は、『偶然完全 勝新太郎伝』(講談社 2011年12月2日発売)。早稲田大学講師として『スポーツジャーナリズム論』を担当。早稲田大学スポーツ産業研究所 招聘研究員。携帯サイト『二宮清純.com』にて「65億人のフットボール」を好評連載中(毎月5日更新)。
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