「もう楽しかったです!」
 興奮冷めやらぬという表情でインタビューゾーンに現れたのは、ロンドンが初のパラリンピックである高桑早生だ。1日、大勢の観客で埋め尽くされたオリンピック・スタジアムで行なわれた陸上競技・T44(片足下腿切断)女子100メートル予選。高桑は自己ベスト(13秒96)に近い、14秒06という好記録で全体の7位に入り、2日に行われる決勝へと進んだ。
「すごく緊張しましたけど、楽しめました。そのうえで今の時点での自分にとっていい走りができたのでよかったです」
 いつもは比較的冷静な高桑だが、やはりパラリンピックという舞台が、彼女を興奮させていたのだろう、インタビューに答えるその声も弾んでいた。

 高桑にとって、今回は2回目の欧州遠征ということもあり、現地入りをしてからしばらくは時差ボケで体が思うように動かなかったという。しかし、開会式の直前になってようやく自身の走りを取り戻した高桑は、昨年以降、課題として取り組み、今では最大の強みとなっているスタートの感覚に手応えを感じていた。それが高桑にとって大きかった。不安なくスタートラインに立った高桑には、余計なプレッシャーはなかった。自らも語ったように、彼女は「挑戦者」。あとは思い切りいくことだけだったのだ。

「パーン!」
 号砲とともに、高桑の体は勢いよく飛び出した。義足側の一歩目を躊躇なく大きく踏み出した高桑は、そのままスムーズに加速していった。流れるような走りで、世界のトップ選手と互角に渡り合い、途中まで3番目の好位置にいた。最後の最後に抜かれて組4位だったものの、高桑は見事、決勝進出を決めた。

 高桑の強みはメンタルのタフさにある。初のパラリンピックでやはり緊張していたという高桑だが、競技場に入るなり、想像以上の大観衆にアドレナリンが一気に放出し、「早く走りたい」という気持ちが沸き起こってきたのだ。実は彼女が初めて出場した国際大会、高校2年時のアジアユースパラゲームズ、さらには初めての海外遠征となった2010年のアジアパラリンピックでも緊張を力にかえ、自己ベストを更新している。この本番での強さに、現在、彼女を指導している埼玉大学大学院生の高野大樹コーチも驚きを隠せない。

 その高野コーチから高桑は日本を発つ前、手紙を受け取っていた。果たして、その内容とは――。
「大きな字で『自信を持て』と書いてありました。ほんの少しだけあった不安が、その手紙を読んで吹っ切ることができました。おかげで自分のやってきたことを信じてやろう、と気持ちを切りかえられました」

 決勝は2日の夜(現地時間)に行なわれる。果たして、彼女はどんな走りを見せてくれるのか。
「世界のスーパースターたちに、食ってかかれるように、一生懸命がんばりたいと思います」
 昨年9月のジャパンパラリンピック以来、一度も本番のレースでは出していない13秒台を出すことができれば、トップランナーたちを脅かす存在となるはずだ。

(文・写真/斎藤寿子)