「You have pins?」。各競技会場をまわっていると、ボランティアの人たちにこんな言葉をよくかけられる。最初は「メディアならピンバッジを持ってるはずだ」と言われているのかと思い、わざと困った顔をして「Oh,I don’t have.」とか「I don’t know.」などと言いながら、一生懸命にアクレディテーションカード(メディアとしての証明カード。これがあれば会場や記者室、選手を取材できるミックスゾーンなどに出入りできる)を見せていた。今思うと、そんな私はボランティアには非常に滑稽な姿に映っていただろう。
 数日経って、ようやく質問の意味を理解した。実は海外では各国のピンバッチを交換するのが流行っているのだそうだ。そのため、日本のピンバッジを持っていたら交換しないか、という意味で「You have pins?」と話しかけてくるのだ。なるほど……。もし、それを持っていれば、いろんな国の人たちと交流することができたに違いない。初の海外取材のいいお土産にもなっただろう。ぜひ海外でスポーツイベントを観戦する機会がある時は、ピンバッジを持っていくことをオススメしたい。

 さて、北京に続いて車いすテニスのシングルス連覇を目指す国枝慎吾(世界ランキング3位)が順調に勝ち進んでいる。1回戦から全てストレート勝ちを収め、6日の準決勝では世界ランク4位のロナウド・フィンク(オランダ)と対戦。ここでもセットカウント2−0(6−2、6−2)と快勝し、決勝にコマを進めた。

 この日、丸山弘道コーチは国枝の変化を感じたという。
「試合前の練習から、すごく調子が良かったんです。ショットのコントロール、ボールのキレ、スイングスピード……。『あぁ、これはひとつギアを上げたな』と感じましたね」

 コーチの言葉通り、1セット目の第1ゲームをラブゲームでキープすると、第2ゲームをブレイクし、リードを奪った。第3、4ゲームは自らのミスで落としたものの、第5ゲームからはしっかりと立て直し、その後は1ゲームも与えずにゲームカウント6−2で先取した。
「ゲームカウント2−2で並ばれた時は少し苦しみましたが、我慢をして第5ゲームをしっかりと取り切ったことが大きかったですね」と丸山は分析する。第5ゲーム、国枝は15−15からサービスエース、得意のクロスのバックスピン、最後は狙いすましたかのようなサイドラインぎりぎりに入るフォアショットを決め、傾きつつあった相手の流れを引き戻したのだ。

 2セット目、ヤマ場はゲームカウント3−1で迎えた第5ゲームに訪れた。ポイントの奪い合いが続き、3度のデュースを経て、最後はフィンクの粘り勝ち。いつもなら、こういう競ったゲームをモノにする国枝だけに、ショックは小さくはなかったのではないか。しかし、ディフェンディングチャンピオンに不安は一切なかった。
「まだリードはしていましたし、焦りはしなかったです。ただ、心はドキドキしていましたけどね(笑)」

 次の第6ゲームをブレイクしたものの、第7ゲームは再びデュース。そこからフィンクにアドバンテージをとられるが、強烈なサーブで攻めて追いつくと、今度はしっかりと勝ち取り、ゲームカウント5−2とした。第8ゲームは40−0とするも、そこから気負いが生じたのか、立て続けにショットがアウトとなり、またもデュースとされてしまう。しかし、フィンクの方がプレッシャーに耐えられなかったのだろう。ダブルフォルトで国枝のアドバンテージとなると、最後はラリーの末にショットがネットにかかり、ゲームセット。終わってみればストレート勝ちと、余力を残しての快勝だった。

 決勝の相手は現在、世界ランク1位のステファン・ウデ(フランス)。これまで何度も対戦してきたライバルだ。そのウデ戦のポイントを丸山コーチは次のように語っている。
「スタートが非常に大事になってくると思います。はじめは冒険せずにかたくいって、体が動き出してから、どんどん攻めていく。ただ守るかたさではなく、気持ち的にはアグレッシブにプレーしていくことが大事。これだけプレッシャーのかかる雰囲気の中でプレーするわけですから、一度守ってしまうと、ラケットが振れなくなりますからね。かたくプレーするとはいえ、今まで以上にアグレッシブにプレーしていくことが大事だと思います」

 本人はというと、浮き足立つこともなく、冷静に決勝を見据えている。
「精神的にはタフですね。非常にきついです。でも、泣いても笑ってもあと1試合なので、勝負するだけです」
 決勝は8日(現地時間)に行なわれる。北京以降、積み上げてきた4年間の集大成として臨む国枝。彼に一番似合うのは、やはり金メダルである。

(斎藤寿子)