「ようやくこの日が来たんだ……」
 キャプテンの小宮正江は、上っていく日の丸を見ながら、感無量となっていた。7日、ゴールボール女子決勝、日本は北京パラリンピック優勝の中国を破り、金メダルに輝いた。
「途中、国歌を歌えなくなるほど、熱いものがこみ上げてきました」
 4年前の北京では7位に終わり、聖火の前で悔し涙を流した。その時、司令塔の浦田理恵と「ロンドンでは絶対に笑って聖火の前に立とう」と誓い合ったという。その誓いがこの日、実現したのだ。チーム競技としてはパラリンピック史上初の金メダル。ゴールボール女子が、新たな歴史の1ページを切り開いた。
 予選リーグ、準々決勝、準決勝とこれまでの6試合での総得点は、日本が11点に対し、中国は37点。オフェンス力の差は歴然としていた。単純に試合を見ても、パワーもスピードもある中国が日本を圧倒していた。だが、日本には他には絶対に負けないディフェンス力があった。1点さえ挙げれば、あとは守り切る自信があった。では、その1点をどう取るか。日本には明確な戦略があった。

 視覚障害者のために考案されたゴールボールは、1チーム3名のプレーヤー(レフト、センター、ライト)がアイシェード(目隠し)をし、鈴入りのボールを転がして相手ゴールに入れ、その得点を競う競技だ。自陣のゴール前に3名の選手が横に並び、場所を入れ替えたりしながら相手ゴールに目がけてボールを転がし、逆に相手から投球されたボールをゴールに入れられないように体を横たわらせ、自らの体を壁にして守る。

 体に当たってもボールが勢いで跳ねると、横たわった体の上を飛び越えてゴールしてしまう。そのため、さまざまな工夫がなされている。最も跳ね返りやすいのが足首の部分だ。そこで、横たわった際には両足を少し開くことによって、挟むようにしてボールをキャッチするのがコツだ。

 ところが、中国のセンターはサイドへのボールに対し、オーバー気味にディフェンスをする。遠くへと飛んで守ろうとするあまり、両足が閉じてしまうのだ。日本はその穴を狙おうと、ボールをサイドに集めた。この戦略がピタリと的中した。試合が始まって約2分、北京以降、グンと力をつけてきた安達阿記子の投球が、中国のセンターの足首に当たり、跳ね返った。ボールは静かにゴールへと吸い込まれていった。

 オフェンスを担当する市川喬一コーチは、ゴールシーンについて次のように振り返った。
「もう、完璧でしたね。データの結果、中国のセンターにクセがあることがわかっていましたから、サイドへのストレートか、クロスボールしか投げないという約束をかわしていたんです。センターがボールを取りたくて仕方ないところを、足で弾くのを待っていました」

 しかし、時間は前半で9分、後半の12分とたっぷり残されていた。準決勝まで常に4点以上のハイスコアを刻んできた中国に対し、1秒たりとも油断はできない。ましてや前日の準決勝で日本は残り30秒でスウェーデンに同点とされ、延長戦にまでもつれこんだのだ。この時点ではまだ勝負の行方は全くわからなかった。

 日本は必死に守り続けた。最大のピンチは、前半9分、浦田がゴールから3メートルのトライアルラインを超えてディフェンスをしたとファウルを取られ、「イリーガルディフェンス」と呼ばれるサッカーでいうPKが中国に与えられた。もし、ここで同点にされれば、流れは中国へと傾く可能性は大きい。勝負の行方を占う大事な場面だった。だが、幅9メートルのゴールを1人で守らなければならないにもかかわらず、浦田に不安はなかった。

「『守ればいいんでしょ』という思いでいました。いつもディフェンスには自信をもってコートに立っているので、『私のところに来い!』という感じでした」
 果たして、勢いよく投げ込まれたボールは浦田の元へと向かっていった。彼女はそれをきっちりとキャッチし、日本はピンチを凌ぎ切った。

 後半に入っても、日本のディフェンス力は全く落ちなかった。1分過ぎ、センターへのボールが浦田の小さな体を弾き、ゴールへと転がっていった。これを両サイドから小宮と安達がカバーに入り、ラインぎりぎりで死守した。その後、刻々と時間は過ぎていった。中国は焦り始めたのか、徐々にアウトボールが増え始め、ゴールを割ることができない。

 そして――。残り3.4秒。江黒直樹ヘッドコーチはガッツポーズをしながら、タイムアウトを取った。1回の投球は10秒以内というルールがある。そのため、この時点で日本の勝利が確実となったのだ。

「残り3秒と聞いて、3人ともビックリしていました。私自身も『えっ!? もう?』という感じだったんです。あえて時間のことは忘れて、1本1本取ることに集中していましたから。3秒と聞いた時は、『あぁ、勝った』と思いました」
 タイムアウトが解け、試合が再開して間もなく、終了の笛が鳴った。日本は作戦通りの「1−0」というスコアで中国を破り、世界の頂点に立った。

「金メダルを獲るために厳しいことも言って、選手たちを泣かせたこともありました。嫌だなと思ったこともあったと思います。それでもついてきてくれた選手たちに感謝します」
 そう言い終わると、江黒ヘッドコーチは持っていたタオルで目頭を押さえた。
「夢見てきたことが実現できて、本当に嬉しい。チーム力で獲った金メダルです!」
 パワーもスピードも勝る中国に、チーム一丸となって挑んだ日本。まさに“絆”が生み出した勝利である。

(文/斎藤寿子)