2013年6月3日、日本女子の車いすテニス界に新たな歴史が刻まれた。この日、福岡県飯塚市で行なわれた車いすテニスジャパンオープン(第29回飯塚国際車いすテニス大会)女子シングルス決勝で、19歳の上地結衣が世界ランキング4位のマージョレン・バイス(オランダ)を7−6(8−3)、3−6、6−3で破り、初優勝。世界4大大会に次ぐスーパーシリーズ(SS)で日本人女子のシングルス制覇は初めての快挙だ。全日本選抜選手権5連覇中と国内では敵なしの上地が、世界トッププレーヤーへと大きな一歩を踏み出した。
「Come on!!」
 相手のセカンドサーブがネットにかかった瞬間、コート内に上地の甲高い声が響き渡った。両手を挙げ、大きな拍手を送る観客に応える上地。徐々に優勝の実感が沸いてきたのだろう。少し経つと、彼女の笑顔には涙がこぼれ落ちていた。中学時代から出場し、大きな優勝カップを手にする選手に憧れ続けてきた上地にとって、ジャパンオープンでの優勝は格別なものだった。

 前日の準決勝で世界ランキング3位のサビーネ・エラーブロック(ドイツ)に1−6、6−4、7−5で逆転勝ちを収めた上地は、決勝についてこう語っていた。
「初めての決勝ですし、地元開催の大会なので、やっぱり緊張すると思います」
 だが、当日の朝、試合前の彼女の様子は、その言葉とは裏腹に落ち着き払っていた。
「前日の夜は、少し緊張していたんです。部屋に帰ってから『明日はどうなるんやろう……』って考えたりして。でも、今朝起きたら、いろいろと荷物の整理とかやることがあって余計なことを考えなかったのが良かったのかもしれません。会場に着いてからも、決勝戦というより、これまでと同じように試合のひとつというふうな感じで思えていたので、あまり緊張せずに臨めました」

 自信となった自らの発言

 上地のサーブから始まった第1セット、1ゲーム目をいきなりブレークされたものの、2ゲーム目をお返しとばかりにブレーク。そして3ゲーム目をキープ、4ゲーム目をブレークし、3−1とリードした。だが、そこから2ゲームを連続で奪われ、3−3と並んだ。そして、ここからはお互いに譲らずキープし続け、5−5。勝負の行方はまったくわからなかった。

 11ゲーム目、上地はブレークされ、5−6となる。次のゲームを落とせば、このセットを失ってしまう。だが、上地は12ゲーム目を0−30から巻き返し、ブレークしてみせた。6−6となり、タイブレークへと持ち込んだのだ。この時、前日の上地の言葉が思い出された。

 前日の準決勝、セットカウント1−1で迎えたファイナルセット、ゲームカウント5−5から上地は2ゲームを連取し、7−5で競り勝った。試合後、この時の心境を上地はこう答えている。
「5−5になった時、たとえ6−6になっても、タイブレークなら自分は取れるという自信があったんです。だから、焦りはなかったですね。とにかく思い切ってプレーしようと。それが良かったんだと思います」

 実際、上地は強かった。決勝でのタイブレーク、いきなり3ポイントを連取した彼女は、結局相手に3ポイントしか与えず、7−3という圧倒的なスコアを叩き出してみせたのだ。タイブレークに入る前、上地もまた前日のことを思い出していたという。
「準決勝後のインタビューで『タイブレークには自信がある』と口にしたことを思い出していました。それがあったから、自信をもって入れたんだと思います。もし、昨日口にしていなかったら、取れなかったかもしれないですね」
 第1セット、上地は7−5で先取し、初優勝に大きく近づいた。

 続く第2セットはゲームカウント1−1から相手に4ゲームを連取され、1−5とされてしまう。しかし、このままズルズルといかないのが今の上地だ。気持ち的に開き直れたという彼女は、サーブやバックのスライスなどで、オープンコートをつくり、攻めるという狙い通りのテニスでポイントを重ね、3ゲーム連取。4−5まで追い上げた。結局、このセットを4−6で落としたものの、上地にはマイナスの気持ちはなかった。
「セカンドセットの最後の方は、サーブの感触も良くなってきていたので、この感じでいけたらなと思っていました」

 その言葉通り、第3セット、上地は1ゲーム目でいきなりブレークすると、2ゲーム目をラブゲームでキープし、2−0とリードを奪った。一度は2−2と並ぶも、バックのスライスが冴えわたり、相手のボールを完全に読んだ鮮やかな動きで、再び流れを引き寄せ、3ゲームを連取して5−2。8ゲーム目をブレークされるも、9ゲーム目をブレークして6−3で奪った。最後は上地の粘り強いプレーに、相手が根負けしたかのようだった。

「メンタル面での成長」――昨夏のロンドンパラリンピックで感じつつあった変化を、上地は今大会で再確認していた。
「昨日の準決勝のようにファーストセットを落としたり、今日の決勝のようにセカンドセットを落としても、そのままガタガタッと崩れていくことが本当に少なくなりました。それは落としそうになった時に、『たとえこのセットを落としても、次につながるプレーをしよう』というふうに気持ちを切り替えられるようになったことが大きいですね」

 それは上地を指導する千川理光コーチもまた感じていた。
「以前はいいかたちでファーストセットを先行していても、途中で挽回されて、結局は落としてしまい、そのままズルズルとセカンドセットも落とすというようなことが少なくなかったんです。でも、今はゲームの中でしっかりと修正できるようになりましたね。劣勢になっても、相手のペースに付きあってしまうのではなく、物怖じせずに自分のプレーを信じてやれるようになってきたんじゃないかなと思います」

 “ニュー上地”転身への挑戦

 もちろん、今大会の快挙は上地にとって自信や励みとなることだろう。だが、彼女にとっての最大の目標は3年後のリオデジャネイロパラリンピックでの表彰台だ。今はまだ道半ば。余韻にひたっているつもりはまったくない。今シーズンはさらなるレベルアップを図るべく、さまざまなことに挑戦していくという。その一環として、夏に予定している米国、カナダでの大会は、あえてランクを下げたカテゴリーに出場するという。その理由を千川コーチはこう語る。

「これから新たに取り組むことは、すぐに結果には出ないと思うんです。でも、高いレベルの大会で強い相手とでは、どうしても勝ちを意識してしまいます。だからあえて、レベルを落としたところで試そうと。その中で本人ともフィードバックしながら、つくりあげていこうと思っています。“ニュー上地”へと転身するために、今シーズンはいろいろと試していくつもりです」

 そしてこう続けた。
「現在、女子の車いすテニスは、世界トップ10の中で誰が勝ってもおかしくない状況になっています。ですから、チャンスはある。今、日本人選手では男子の国枝慎吾選手が注目されていますが、リオでは彼に負けないくらいの期待を皆さんに持っていただけるような選手になって、いい色のメダルが獲れるように、本人も僕も頑張っていきたいと思っています」

 実は年齢的に見ても、上地は現在、世界の女子の中で最も伸び盛りの若手と言っても過言ではない。今大会の優勝で世界ランキング7位に浮上した上地(最高位は6位)。彼女は現在19歳で、トップ25では最年少なのだ。ちなみに6月3日現在のトップ10の平均年齢は29.8歳。今大会、上地が準決勝で対戦したサビーネ・エラーブロックは37歳、決勝のマージョレン・バイスは24歳。ロンドンパラリンピックでのメダリストは(当時)31歳、22歳、27歳だ。10代でパラリンピックベスト8進出、そしてトップ10入りした上地を世界は注目しているに違いない。

 今シーズンを終えた時、果たして彼女はどんな転身を遂げているのだろうか。そして今後、どんなふうに世界のトップへと上って行くのか。伸びしろたっぷりの19歳プレーヤーから、目が離せそうにない。

(文・写真/斎藤寿子)