7日から始まった代表合宿最終日の9日、埼玉県所沢市にある国立障害者リハビリテーションセンターの第二体育館に入ると、ちょうど練習試合が始まるところだった。女子ユースチームvs.男子ユースチーム。お互いに10月にはアジアユース選手権が控えており、現状を知るためには大事な一戦だった。女子のスターティングメンバーを見ると、両ウイングには17歳の高校生プレーヤーが入っていた。ロンドンパラリンピックを経験した若杉遥、そして今回の合宿から本格的に代表の練習に加わった出口澪だ。そしてセンターには、ロンドン後に代表合宿に参加し始めた安室早姫。このフレッシュな3人に対し、他のメンバー、スタッフからは「なんとかしていい試合をさせてあげたい」という気持ちが醸し出されていた。前日の雰囲気とは明らかに違っていた――。
 期待とは裏腹の若手の成長度合い

「オマエらやる気ないんなら、コートに入るな! 今すぐコートから出ろ!」
 合宿2日目、午後の練習も終盤に入った頃だった。突然、江直樹ヘッドコーチの雷が落ちた。原因はユース代表候補たちのはっきりとしない態度にあった。ロンドンパラリンピックのレギュラー3人(小宮正江、浦田理恵、安達阿記子)が男子チームとの厳しい練習試合を終え、しばしの休憩に入っていた。空いているコートを見た指揮官は、ユース代表候補たちに「今、使えるんじゃないの? 身体動かしておいた方がいいんじゃない?」と声をかけた。

「はい!」と勢いよく返事をしてコートに入った選手たち。だが、何をどうしていいのかすぐには決められなかったのだろう。ゴール前で立っている選手、ボールを片手に周りをうかがう選手、何をしようかと話し合う選手たち……。数分経っても何も始まらない。その様子に、江ヘッドコーチはいら立ちを隠しきれなかったのだ。もちろん、江ヘッドコーチも選手たちにやる気がなかったと思ったわけではなかっただろう。だが、なかなか思うような変化が見られない若手選手に対して「なんとか変わってほしい」という気持ちが膨らみ、「アップも自分たちでできないのか!」と気持ちが先の言葉となったのである。

 そのひとつの引き金となったのが、5月2〜5日に臨んだマルモレディースカップ(スウェーデン)だった。若手育成という目的もあり、キャプテンの小宮を外し、浦田、安達のレギュラー陣に加え、中嶋茜、若杉、安室、高橋加奈の若手メンバーで臨んだ。結果は3位。だが、指揮官は決して納得してはいなかった。
「確かに世界は強かったです。でも、勝てない試合ではなかった。特に期待していた若手の成長が見られなかったことが残念です」

 それはスコアにはっきりと表れていた。今回、予選グループと決勝トーナメントを合わせた日本の総得点数は17点。その内訳は安達12、浦田3、若杉と中嶋がそれぞれ1、高橋と安室は0。センターで出ることが多い安室は仕方ないにしても、特にユース代表の中心とならなければならない若杉と高橋に、江ヘッドコーチは頭を抱えざるを得なかったのだ。ロンドンまでセンターを専門とし、本格的にウイングの練習を始めて1年も経っていない浦田でさえも3点取っていることからも、若杉と高橋の結果にはため息が出ても仕方なかった。

「今日は雷が落ちないように頑張りますよ(笑)」
 合宿2日目の朝、マルモカップでの試合の様子をうかがった際、江ヘッドコーチはこんな言葉を残していた。この時、既に雷が落ちる予兆はあった。朝のミーティングで、江ヘッドコーチは「元気に声を出してやっていこう」と約束をしたという。だが、練習が始まって30分も経っていないその時、選手たちから快活な声は聞こえてこない。
「もう忘れてしまっているんですよ……」

 雷が落ちたのは、その数時間後のことだった。体育館中に響き渡る指揮官の声を聞きながら、何かチームがトンネルの中をさまよっているような印象を受けていた。大きな壁が立ちはだかり、その壁をどう乗り越えていいのか答えが見つからず、チーム全体がもがき苦しんでいるように感じられたのだ。
「果たして、いつ、この壁を乗り越えることができるのだろうか……暗いトンネルにいつ光が射しこむのだろうか……」
 帰り際、一抹の不安がよぎっていた。

 新星・出口の出現

 翌日の最終日、前日の不安を抱えながら体育館の中に入った。ちょうど男子と女子のユース対決が行なわれるところだった。女子サイドを見ると、レフトのポジションに入っていたのは新入りの出口だった。驚きとともに、期待感を覚えたのは、おそらく私だけではなかっただろう。体育館全体が、緊張感と高揚感に包まれていた。結果は男子チームの圧勝だった。女子にはミスも少なくなかった。特に序盤は出口のペナルティでたて続けに相手に得点を与えてしまった。

 だが、なぜかミスは気にはならなかった。結果よりもいい緊張感の方が勝っていたように思う。そして、前日にはなかったベンチ選手も含めたチームの一体感を強く感じていた。もちろん、立ちはだかった壁を乗り越えるまでに至ってはいないものの、それでも乗り越えられる要素が見つかったような気がした。ひとつはチームに新風を巻き起こしている出口の存在だ。停滞しつつあったチームにとって「救世主」と言ってもいいほど、彼女が出現したタイミングは抜群だったのではないか。

 出口がゴールボールを始めたのは今年4月だという。もちろん、オフェンスにしても、ディフェンスにしても、高レベルな技を持ってはいない。だが、彼女のプレーにはスマートさがある。視覚からの情報がない中で、サイドラインぎりぎりへのストレートは難しいはずなのだが、彼女はスローイングのフォームを少し直されただけで、できていたのだ。ディフェンスも細かい部分の修正は必要とはいえ、腕と足をきちんと伸ばすことができている。これらは決して簡単ではないことは、ゴールボールを始めたばかりの選手を見ていれば一目瞭然だ。それを出口は器用にやってのけていた。

(写真:貴重なレフティーとしても期待の大きい出口)
 案の定、彼女は根っからのスポーツ少女だった。小さい頃から運動が大好きで、得意だったというのだ。
「幼稚園の頃は2年間ほど体操を習っていました。小学校3年からはバレーボール。高校のクラブはグランドソフトボール、陸上、フロアバレーをやっています」
 さらにゴールボールを個人的に始めたのだという。フォームの姿勢がいいのは体操からであり、ボールの扱いに慣れているのはバレーボールなどの球技をやっていたからであろう。そして今は陸上の走りを助走に取れ入れることを課題としている。

 こうした運動神経の良さに加え、彼女の良さは素直さにある。挨拶や返事は誰よりも明るく、プレーでも必死さがひしひしと伝わってくる。指揮官や先輩からの指示に対しても、元気よく「はい!」と返事をし、体育館の隅で教えられたフォームを何度も繰り返し行なう様はスポーツマンらしい清々しさがあった。だからこそ、スターティングメンバ―としてコートに立つ彼女を見た瞬間、「彼女なら何かやってくれるかもしれない」という期待感が膨らんだのだ。

 出口がこの日、スターティングで出ることは、試合直前に発表されたという。想像していなかった事態に、彼女は一瞬「えっ!? 私? 本当に私が出ていいの?」と驚いた。だが、すぐに「出るからにはチームに少しでも貢献したい」という気持ちに切り替わっていたというのだから、メンタルも強そうだ。自ら積極的に先輩たちに声をかける様子を見ても、物怖じしない性格が見てとれる。きっと、チームに活気をもたらしてくれるに違いない。

 リーダーとしての自覚と覚悟

 そして、出口の台頭が同じ17歳の若杉の成長を促しているようにも思える。合宿2日目、江ヘッドコーチが雷を落とした際、一番に声を挙げたのが若杉だった。
「お願いします! やらせてください!」
「いいから出ろ! 今すぐコートから出ろ!」
「いえ、やらせてください!」
 キャプテンの小宮がその場を落ちかせるため「とにかくまず出よう」と言うまで、若杉は一歩も引くことはなかったのである。

 実はその数時間前にも、若杉の強さを垣間見る出来事があった。練習試合を終えた後のことだった。
「若杉! 9メートル(ゴール)の中に入れなかったら点は入らないんだぞ。入れられないんだったら、センターしか道はないからな」
 江ヘッドコーチの怒鳴り声が体育館に響き渡った。
「はい、入れます!」
 そう返事をした若杉に対し、指揮官はさらに問いかけた。
「入れるって、入ってないじゃないか」
「次から、ちゃんと入れます!」
 ここでも若杉は引かなかった。引くどころか、気持ちはどんどん前に前に出ているようにさえ感じられた。真剣な表情からも、両拳をギュッと握りしめているその姿からも、昨年までにはなかった強さが確かにあったのである。

 江ヘッドコーチからの若杉への要求は、確実に厳しさを増している。今や褒めることはほとんどない。今回の合宿で最も指揮官から叱られていたのは、若杉であろう。それほど彼女への期待が大きいことは、誰もが感じている。もちろん、本人もそのことはわかっている。
「やればやるほど、期待をしてもらっているからこそ、厳しい言葉をかけてくれているのだと思います。だから嫌だとは思っていません。逆に、もっとどんどん言ってほしいと思っています」

 そして、現在の自分の立場について、若杉はこう答えている。
「今までは先輩方に引っ張ってもらってきました。ユースでは、そこの意識を変えないといけません。自分が先頭を切って行動したり、話しかけたり、それからみんなの意見を聞いてコーチに伝えるのも自分の役目だと思っています」

 このインタビューの数時間後に行なわれた練習後のミーティングで、若杉のユース代表のキャプテン就任が正式に発表された。その挨拶で、若杉の気持ちがホンモノであることを感じた。
「みんなでしっかりと優勝に向かって、今後も努力して強くなっていきます」
 彼女は「強くなっていきたいと思います」ではなく、「強くなっていきます」と断言したのである。ささいなことだが、キャプテンとしての自覚と覚悟が感じられた瞬間だった。新メンバーであり同級生でもある出口の存在が、無意識に若杉のキャプテンシーを目覚めさせた要因のひとつとなっているようにも感じられたのである。
(写真:チーム最年少ながら、ユースチームのキャプテンに抜擢された若杉)

 キャプテンとしてチームを牽引する小宮もまた、彼女らに大きな期待を寄せている。
「もちろん全員に伸びしろがありますし、今後どうなるかまだわからない部分はあるのですが、やはり出口と若杉の“17歳コンビ”がどう成長していくのかが、私はとても楽しみです。出口はまだゴールボールを始めて2、3カ月ですが、技術がどうのというよりも、とにかく素直なんです。それは絶対的に伸びる要素ですからね。それと若杉は、どうしたら強くなれるのかをユースの中では誰よりも真剣に考えています。それを着実に実践している。リオという明確なビジョンがあるからこそ、強い気持ちで前に進んでいるのだと思います。技術的には私と一緒で不器用なんですけど、繰り返し努力できる選手なので、経験を積めば積むほど、どんどんレベルアップしていくと思います」

 タイプのまったく異なる若杉と出口。だからこそ、2人の間にどんなハーモニーが生み出されるのか――期待は膨らむ一方だ。そして“17歳コンビ”が、よりチームに刺激を与える存在となれば、日本はさらに強くなるはずだ。今回の合宿でリオデジャネイロに向けた“新生”チーム誕生への扉は開かれた、ように感じている。だが、まだ一歩も進んではいないのも事実である。扉が閉まる前に、一歩踏み出すことができるのかは今後次第であろう。次回の取材が楽しみで仕方がない。

(文・写真/斎藤寿子)