長野五輪から正式種目に採用されたスノーボードだが、フリースタイルの男子ハーフパイプ種目においては、米国が圧倒的にリードしている。長野、ソルトレイクシティ、トリノ、バンクーバーの4大会延べ16人のメダリストのうち、12人が米国籍だ。現在、その頂点に立つのがトリノ、バンクーバー五輪の金メダリストのショーン・ホワイトである。彼を筆頭にしたスノーボード大国を超えないことには、日本勢のメダルはない。打倒米国へ向け、期待を寄せられているのがナショナルチーム入りをしている平野歩夢、平岡卓、青野令の3人だ。
(写真:世界へ挑む日本のトップライダー<左から平野、青野、平岡>)
 天才中学生・平野

 昨シーズン、彗星の如く現われたのが中学生の平野だ。今年1月、米コロラドで行われたXゲームでは、バンクーバー五輪銅メダリストのスコット・ラゴ(米国)を抑え、ホワイトに次ぐ2位に入った。さらに平野は、8月のニュージーランドでのW杯開幕戦で初出場初優勝を成し遂げるなど、弱冠14歳にして、世界に名を轟かせ、一気にメダル候補へと躍り出たのだ。

 平野は3歳上の兄の影響で4歳からスノーボードを始めた。山形のスキー場ではスノーボードを練習し、父の経営するスケートパークでは、スケートボードで遊んだ。こうしてボードのテクニックを磨いていった平野は、小学4年でバートンとスポンサー契約を結ぶまでに成長していった。

 五輪やW杯への参戦が可能になる満15歳となった今年、W杯デビューを果たした平野は、初の大舞台にもかかわらず、決勝1回目で大技「ダブルコーク」を決めるなど、いきなり92.25点(100点満点)の高得点を叩き出し、優勝。14歳8カ月での優勝は最年少記録となった。この大会にホワイトはケガのため出場しなかったが、ラゴや世界選手権王者ユーリ・ポドラドチコフ(スイス)いる中での優勝は、まだ五輪プレシーズンだったとはいえ、期待を抱かせるに十分な成績だった。
(写真:父はサーフィンをしていたが、平野は海が苦手)

 11月29日に15歳になったばかりの平野。日本のナショナルチームにおいても、最年少の若さである。ソチ五輪に対しては「この年で出られることはなかなかない。チャンスだと思って、金メダルを獲りたい」と意欲を燃やす。平野は自らの持ち味については「着地」にあるという。着地に自信があるからこそ、高い打点、高難度のジャンプを決めることができ、次のトリックへとスムーズに繋ぎの滑りができる。

 日本ナショナルチームの治部忠重コーチは、「初めて見たのは10歳くらいの頃。それから見るたびに伸びている」と、彼の成長度合に舌を巻く。公式練習は時間いっぱいまで練習を重ねるという平野。その1本1本の中での「調整能力は非常に高い」と治部コーチは太鼓判を押し、今後への期待をこう語る。「(平野には)勢いがありますし、大舞台にも冷静ですね」。平野本人もXゲームやW杯でも「緊張しなかった」と物怖じしない。現在はソチに向け、新技に挑戦中だ。新たな武器を手にし、その強心臓ぶりを五輪という大舞台でも発揮できれば、日本勢初のメダルも十分に可能なはずだ。

 スノボ界を変える平岡

 18歳の平岡も昨シーズンの成績では、平野に負けず劣らずのものを残している。世界選手権で銀メダルを獲得し、プレ五輪となったW杯ソチ大会では優勝を収めた。今シーズンのW杯開幕戦は平野に次ぐ2位に入った。それでも本人にすれば、「次元が違う」というホワイトがいずれも欠場していたため、満足はしていない。

 自分の理想を追い求め、「目標の選手はいない」という平岡。とりわけ五輪に対する思いは強い。「昔から目標にしていた特別な大会。色んな人が見て、応援してくれる。できればメダルを獲りたい」

 なぜなら平岡は日本でのスノーボートを「もっとポピュラーなスポーツにしたい」と、自らが活躍することで、認知度を向上させたいとの思いがある。XゲームやW杯などで、本場米国で数々の大会を経験し、その熱気を肌で味わってきたからだ。「米国でのスノーボードは、日本における野球並みに有名なんです。観客も多く、規模も大きいので、出ていて楽しい。日本もそうなって欲しいですね」
 そのためには、やはり五輪で好成績を残すことが重要である。
(写真:淡々と話す平岡。自身の性格は「マイペースで自己中」)

 果たして平岡は、大舞台でどんな滑りを見せたいのか。
「まわりの選手には、ルーティン(技の構成)だけじゃなく滑りのスタイルとかで“ヤバイ”と言ってもらいたい。ボードをやっている人から見て、カッコいい滑り。知らん人から見ても、“すごいな”という迫力ある滑りをしたいです」

 治部コーチは平岡の長所に「集中力の高さ」をあげる。それが勝負強さ、演技の安定感を生み出しているという。だが、平岡本人は「まだ半分ぐらい」と、理想の域には達していない。「みんなが技を決めてきたら厳しい。もっと練習しないといけない」と更なるレベルアップを目指す。先月末からスタートした米国遠征の合宿では「ダブルマックツイスト」を習得するつもりだ。彼は自らの武器である「高さとスピン」に磨きをかけて、更なる高みへ。平岡は日本のスノーボード界を変える覚悟で臨む。

 青野、2度目の五輪へ

 3人の中で唯一、五輪を経験しているのが青野だ。だが4年前のバンクーバー五輪では「思い切った滑りができなかった」と9位に終わった。前回の反省を踏まえ、「緊張して楽しめなかったので、ソチでは楽しんで滑れるようにしたい」という。

 昨シーズンはケガで出遅れたため、平野と平岡の後塵を拝したかたちとなっている。とはいえ、これまで積み上げてきた実績では日本人の中で群を抜いている。06-07シーズンではW杯で3勝し、総合王者に輝いた。08-09シーズンでもW杯総合優勝を果たすなど、通算勝利は日本人最多の9勝にものぼる。09年の世界選手権では金メダルを獲得し、初の日本人王者となった。

 青野は今年4月、日本体育大学に入学したのを機に、拠点を地元愛媛から東京に移した。大学のスキー部の寮に入り、10人部屋で生活している。こうした環境の変化にも「先輩後輩を感じたことがなかったので楽しい」と戸惑いは見られない。スノーボード以外の時間は「自分の楽しいことだけをやる」と、オンオフをはっきり分けているという青野。経験値の差からか、平野と平岡よりもどっしり構えているように映る。
(写真:取材にもリラックスした様子で答える青野)

 ソチ五輪に向けても「自分の滑りをすれば結果はついてくる」と語り、「最終的には高さの勝負になる。自分の得意技であるフラットスピン(横回転)をしながら、(観客や審判に)魅せられるように高く跳びたい」と抱負を語った。コーチである治部も高さと両サイド(フロント、バック)のスピンの完成度の高さを褒め、世界と勝負するために必要なものを、こう説明する。「五輪の独特の空気感や環境に飲まれないこと」。つまり青野本来の演技ができれば、表彰台も見えてくる。

 五輪で結果を残すことが目下の目標だが、それは通過点に過ぎない。その後の展望は「スノーボードで世界に出て活躍する」ことだ。プロライダーとして、バックカントリー(自然の山中)をメインにして滑っていきたいという。そのための功成り名を遂げる意味でも、五輪は絶好の機会だろう。南国愛媛が生んだライダーは、ソチをステップに世界へと羽ばたけるのか。

 日本代表の上島しのぶヘッドコーチによれば、国内の代表選考は今年8月に行われたW杯の成績に加え、12月の米コロラドで行われるW杯第3戦と、来年1月に米カリフォルニアで開催されるプロ大会の成績で決まるという。W杯第2、4戦は強豪選手のエントリーが見込めないため、対象外となった。現状では日本男子の枠は4つで、平野、平岡、青野は確実視されている。米国を中心とした世界の強豪国に対し、日本は治部コーチが「日本選手の強み」と語るエアーの高さで対抗する。「日本チームは(世界と戦う)力を持っている。それを発揮できる準備をしたい」と治部コーチ。ソチで誰よりも高く跳び、着地を決める。目指すは表彰台の一番高い場所へ――。日本を代表するライダーたちの華麗な演技に期待したい。

(第6回は12月9日に更新します)

(文・写真/杉浦泰介)