のしかかる重圧から解放され、感極まったのだろう。女子日本代表のスキップ・小笠原歩は全身の力が一気に抜けたかのように、氷上でうずくまった――。
 12月15日のプレーオフ第2戦、9対4で迎えた第9エンド、後攻のノルウェー代表のスキップが最後に投じた黄色いストーンは、ハウスの真ん中に収まらなかった。まだ日本の赤いストーンはハウス内側に1個残っており、このエンド、日本に1点が入るスチール(先攻のチームが得点)となった。これでトータルスコアは10対4。するとノルウェー代表の選手たちが握手を求めてきた。それは勝負を諦め、ギブアップの合図だった。この瞬間、日本の5大会連続の五輪出場が決まった。
(写真:強固なリーダーシップでチームを牽引した小笠原)
 11日からドイツ・フュッセンで行われたソチ五輪最終予選に女子は7カ国が出場した。ソチ五輪の舞台に立てるのは、10カ国のみ。予選を前に開催国ロシアと、ここ2年間のポイントランキング上位7カ国が出場を決めていた。残り2つの枠をかけて、世界ランキング10位の日本は、バンクーバー五輪銅メダルの中国(5位)ドイツ(8位)、イタリア(12位)、ノルウェー(13位)、チェコ(14位)、ラトビア(15位)と争った。

 北海道銀行フォルティウスは、9月の日本代表選考会で全日本選手権3連覇中の中部電力カーリング部を下して、最終予選への出場を決めた。結成3年目で初の日本代表。初の国際試合となった11月のパシフィックアジア選手権(PCCA)では3位だった。しかし、中国には3戦して全敗とふるわず、上位2カ国までに与えられる来年の世界選手権への切符も逃していた。

 最終予選では、7カ国総当たりで行われるリーグ戦で上位3位以内に入れば、五輪出場権を懸けたプレーオフに進出することができる。予選初日はイタリアとノルウェーと対戦した。序盤で取りこぼすことは許されなかった。そのプレッシャーからか、なかなか思うようにショットは安定しなかった。それでもイタリアには7対5、ノルウェーには9対5で連勝。「内容はともあれ、勝つことができて非常に嬉しい」と、小笠原も胸をなでおろしていた。

 チーム一丸で、元世界女王を撃破

 3日目、前日にラトビアに苦しみながらも勝利した日本は、中国に並んでライバル見られたドイツ戦に臨んだ。ドイツは世界選手権を2度制しており、スキップにはアンドレア・シェップという48歳の大ベテランがいた。その日の朝、スキップの小笠原はチームメイトに「ドイツに勝てば、五輪は見えてくる」と話していた。日本にとっては、今大会最初の山場だった。

 ここ一番の場面で、スキップの小笠原、サードの船山弓枝と、五輪を2度経験している2人が効果的なショットを連発した。相手のスキップ・シェップの苦手なドローショットを強いるような展開に持って行き、ミスを誘った。第4エンドで3対2と、1点を勝ち越すと、先攻となった第5エンドで3点をスチールするビッグエンドを作り、4点のリードを奪った。第6、8エンドに1点を返されたものの、第7、9エンドに2点ずつ奪った。トータルスコアが10対4になると、最終10エンドを残して、ドイツはたまらずギブアップした。
(写真:大黒柱の小笠原を支える女房役のバイススキップ・船山)

 この試合はフロントライン(リードとセカンド)の苫米地美智子と小野寺佳歩もウィック(リンクの外に出さないようにストーンを当ててずらすショット)や、スウィープ(ブラシで氷上を掃く)でチームに貢献した。小笠原は「ここまで2人ともなかなかショットが安定せずに本人たちもすごく気持ち的に落ち込んでいる部分があったんです。ただ投げるだけが仕事ではない。スウィープなどで私をヘルプしたり、ムードを盛り上げたり……。チームワークが大事なので、そこをしっかりやっていこうと話をしていたんです。よく踏ん張ってくれたなと思います」とフロントラインの2人を称えた。

 翌日のチェコ戦は危なげなく勝利を収めた。サードの船山が「リードからスキップまで、みんなが安定したショットでつなげることができた」という会心の出来だった。これで日本は5連勝。上位3カ国が出場できるプレーオフ進出を決めた。

 悔し涙から嬉し涙へ

 予選リーグ最終戦は今大会最大のライバル・中国。ここまで全勝同士の対戦となった。しかし、日本は第2エンドで5点の大量失点。「私たちの負けパターン」と小笠原が語るように、その後もリズムを掴めぬまま、第6エンドを終えた時点で早々と白旗をあげた。4対10での大敗に、司令塔の小笠原は「不甲斐ない試合をしてしまい申し訳ないと思います」と唇を噛んだ。

 予選リーグは中国が6戦全勝でトップ。1敗の日本は2位で、3位にはノルウェーが入った。プレーオフは、まず中国と日本が戦い、勝った方がソチへの切符を手にする。敗れたチームがノルウェーと対戦するという勝ち抜け方式だった。

 中国に予選リーグの雪辱を期したかった日本だったが、またしても相手の軍門に下った。勝敗を分けたのは、第6エンド。2対3と競った展開で、先攻の日本・小笠原の最終投てきは、思うようなカーブを描くことができず、ハウス中央に中国のストーンを2個残してしまった。一方、中国のスキップは確実に真ん中へ収め、3点のビッグエンドとなった。日本も終盤、追い上げを見せたものの1点届かず、7対8で敗れた。

「あそこで私がいいところに決めれば、3点とられなかった。あれがすべてだと思います」と、小笠原は自分を責めた。「全て自分に懸かっているので、本当はこの試合で決めたかった。絶対、この悔しさを忘れずに次は全力でオリンピックに行きたいと思います」と声を震わせた。彼女の瞳からは涙が溢れていた。五輪への重圧が小笠原のショットを狂わせたのかもしれない。
(写真:小笠原が「私をスキップに育ててくれた」という恩師のフジコーチ<真ん中>)

 試合後は、なかなか気持ちを切り替えられなかったという小笠原だが、チームメイトたちがそれを支えた。カーリングのことからは頭を離し、食事などをしてリラックスしたという。そして、約7時間半後、小笠原の悔し涙は嬉し涙に変わった。序盤はノルウェーにリードを許したが、引き離されず食らいついた。

 すると第8エンド、小笠原の最終投てきだった。第7エンドまでは一進一退の攻防で3対4と1点のビハインドで、このエンドを迎えていた。ハウスの中には日本の赤いストーンが5個、ノルウェーの黄色いストーンが1個。小笠原の手から放たれた赤いストーンは真っすぐ、黄色いストーン目がけて氷上を進んでいった。黄色いストーンはハウスの中から弾き出され、赤いストーンはピタッとハウス内に残った。これで6得点が入るビッグエンド。スコアは9対4と、一気に形勢は大逆転した。ショットが決まった瞬間、小笠原は右拳を何度も握り締め、ガッツポーズした。プレーオフでの勝利を、そして五輪への切符を自らの手で手繰り寄せた。

 続く9エンドでも1点を追加し、勝負を決めた。9月の日本代表決定戦では「私が決めなくちゃいけない」「ここぞの時に決めるのがベテラン」と強気のコメントが目立った小笠原も、この時ばかりは「信じられない」と歓喜した。

 今回は全戦リザーブに回った吉田知那美はサポート役に徹した。休憩中のエネルギー補給用のバナナにメッセージを書いて渡すなど、チームを励ました。“5人で戦っている”。その意識はソチ五輪に向けての小笠原のコメントからも見て取れる。「1人で戦っているわけではなく5人でやっていますので、その気持ちを忘れずに救ってもらうところは救ってもらい、支えるところは引っ張っていって戦いたいなと思います」

 ソチ五輪では2月11日が日本の初戦となる。相手は韓国だ。最新の世界ランキングでは日本が9位に対し、韓国が10位。その後はデンマーク(同6位)、ホスト国・ロシア(同8位)、米国(同7位)、イギリス(同3位)、カナダ(同2位)と続き、終盤はスイス(同4位)、中国(同5位)との試合を経て、最終戦で五輪3連覇を狙うスウェーデンと対戦する。そして予選リーグの上位4チームが決勝トーナメントに進み、メダルを懸けて争う。日本は、まずは出場国の中ランキング下位が相手となる序盤で勝ち星を重ね、勢いに乗って強豪国との試合を迎えたいところだ。
(写真:結成3年目で代表権、出場権の「2つのハードル」をクリアした)

 チーム名のフォルティウスはラテン語で“より強く”という意味をもつ。厳しい最終予選を勝ち抜き、チームは“より強く”成長を遂げたはずだ。約1カ月半後、ソチの大舞台で彼女たちはさらに“より強く”輝けるか。

(第9回は1月6日更新です)
(文・写真/杉浦泰介)