栄光の裏には、必ずそれを支える裏方がいる――12月10日、Jリーグアウォーズで横浜F・マリノスの中村俊輔がMVPを受賞した。2度目の選出は史上初の快挙。さらに35歳での受賞は史上最高齢だ。自己最多の10ゴールをマークし、キャプテンとしてチームを牽引したことが高く評価されての選出だった。35歳にしてなお、高いパフォーマンスを維持し、輝きを放った中村。彼は授賞式の後のミックスゾーンでこう語っている。
「いいシーズンを送ることができたのは、チームメイトもそうですし、優秀なスタッフがいたからこそ。試合後、クラブハウスに戻ってから、プールに入って、ストレッチして、(ジムの)バイクを漕いで、交代浴して……それらが終わるのを1時間以上も待ってくれているスタッフがいる。そういう温かい人たちに囲まれた環境でできたことが、いいプレーができた一番の要因だったと感謝しています」
 夏バテ防止は“好きなものを食べる”こと

 コンディショニングをサポートするフィジカルコーチの篠田洋介は、各選手の些細な変化も見逃さないようにしている。そこで、大事にしているのが選手とのコミュニケーションだ。そのツールのひとつとして活用しているのが、毎日の体重測定の結果だという。
「体重の増減は、コンディションの良し悪しを見るのにとてもいいバロメーターになるんです。体重が増えたり減ったりするということは、やはりそこには何かしらの原因がある。特に痩せた場合は、しっかりと栄養摂取ができていなかったり、疲労がたまっていたり、といった身体に何か異常があるということも十分に考えられます。そこで、体重に変化があった時は、『体調、悪いの?』『疲れがとれていないんじゃないの?』と声掛けをしていくんです。そうすると、『実は……』と選手も話してくれる。もし、それでどこかケガをしていたり、体調がすぐれないのであれば、練習の時間や量を調整すれば、未然にケガを防ぐことができるんです」

 また今シーズン、レギュラー全員が長期離脱するような大きなケガや病気なく、シーズンを通して高いパフォーマンスをキープできた要因のひとつとして、篠田は夏場の体重維持を挙げている。開幕前、周囲からは「ベテランが多いし、夏バテするのでは?」という声もあった。だが、“おっさん軍団”は夏にパフォーマンスが低下することはなく、難なく乗り切ってみせたのだ。背景には、篠田が選手たちにかけた、ちょっとした言葉があった。

「これまでは猛暑が続くと、食欲がなくなったり、夜眠れなくなったりして、毎年のように体重が落ちてしまう選手が出てきていたんです。そこで僕は今年の夏、管理栄養士とも相談して、選手たちにこう言いました。『とにかく好きなものを食べてくれ』と。プロである彼らは、ふだん栄養のバランスや体脂肪のことを気にしながら、食事を摂っています。だからこそ、脂肪分の多いものを控えたり、甘いものを我慢したりと、自分の好きなものばかりを食べている選手はほとんどいません。でも、食欲がなくて体重が減ってしまうくらいなら、少しくらい栄養に偏りがあっても、ラーメンでも焼き肉でも、食べられるものを食べて、体重を落とさないでくれ、と言ったんです」

 今シーズン、7〜9月のJリーグ公式戦の戦績を見ると、横浜F・マリノスは7勝3敗4分。主力は誰ひとり欠けることはなく、8月17日の第21節で14試合ぶりに首位に返り咲くと、それ以降は優勝争いの中心となった。

 篠田は「僕の言葉を聞いて、選手自身が実際にどうしたか、細かいところまではわかりません」としながらも、「例年とは逆に、今年の夏は体重が増えた選手の方が多かった」と語る。
「スポーツ選手にとって、体重が増えることはあまり良しとはされていませんが、僕は減るよりも増えた方がいいと思うんです。特に、サッカーはあれだけ動くわけですからね。体重が減るということは、単純にエネルギーが少なくなるということ。それでは、キレのある動きはできませんし、何よりケガにもつながります」
 篠田の声掛けが、夏場のパフォーマンスを維持するひとつの要因となったことは間違いない。

 若手の成長を促した“おっさん”

 今季のF・マリノスを篠田は「大人のチームだった」と語る。中村、中澤佑二、マルキーニョス、ドゥトラといった“オーバー35”の4人を筆頭に、主力には経験豊富なベテランが多かった。彼らは皆、自分には何が必要なのかを理解している。そのため、コーチやトレーナーからの指示待ちではなく、自ら行動を起こす。アドバイスを求めるにしても「こういうことをやりたい」「この部分を高めたい」と、具体的なのだ。そんな彼らの姿を見て刺激を受けた若手の成長もまた、今シーズンの強さのひとつだった。

 F・マリノスの練習は、主に午前10時から始まる。8時半、横浜市内にあるクラブハウスに最も早く姿を現すのは、決まって中澤か31歳の富澤清太郎だ。
「ボンバー(中澤)は、移籍当初から誰よりも早くクラブハウスに来ますね。練習のだいたい1時間半ほど前には来て、準備をするんです。カンペー(富澤)が早く来るようになったのは、昨年の後半くらいからだったと思います。おそらくボンバーらを見て、影響を受けたんでしょうね」

 中村やドゥトラ、マルキーニョスらも、練習前には必ず自分に必要な準備をする。
「俊は8時半から9時くらいには来て、プールで身体をほぐしたりしていますし、ドゥトラにしてもマルキにしても、週末のゲームに合わせて、筋力トレーニングをして、ある程度身体をつくってから練習に入るんです」

 毎日の地道な積み重ねによってコンディションを維持し、試合で高いパフォーマンスを披露するベテランの存在は、若手の成長をも促した。これまで練習前は特に何もしていなかった若手選手がストレッチやジョギングなどをする姿が多く見受けられるようになったのだ。
「ベテランの背中を見て、若手も『自分もやらなくちゃ』と感じた部分はあったと思います。もちろん、最初からどんなトレーニングをやればいいのかなんて、わからないもの。『何をすればいい?』というところから始まるのですが、それでも自主的であることに変わりはありません。大事なのはやらされているのではなく、自分からしようとすること。最初はアドバイスを受けながらでも、積み重ねの中で自分には何が必要かがわかってきますから」

 結果的にF・マリノスは最後の最後に優勝を逃してしまった。川崎フロンターレとの最終戦、ゲームセットのホイッスルが等々力陸上競技場に鳴り響くと、中村はその場で崩れ落ちた。四つん這いになったまま、身動きひとつしない中村の姿は、多くのサポーターの目に焼き付いたことだろう。プロの世界は結果が全てだ。そう考えれば、9年ぶりの優勝まで1勝と迫りながらの最後の連敗は“詰めの甘さ”と言われても仕方がない。

 だが、今シーズンのJリーグを盛り上げた要因のひとつは、“おっさん軍団”の躍進だったこともまた事実だ。さらに言えば、彼らの活躍に刺激を受けた者も少なくはなかったはずだ。同世代には可能性を、そして若手には向上心を与えたのではないか。その“おっさん軍団”を支えてきたひとり、篠田はこう語る。
「今シーズンはチームというよりも、個人個人できちんとコンディショニングができた。それが大きかったのだと思います」
 ひとりひとりがプロであることを自覚し、責任感をもち、自主的に行動してこそ、チームとしての強さが引き出される。“おっさん軍団”の強さはそこにあったのだ。 

(おわり)

篠田洋介(しのだ・ようすけ)
1971年9月19日、栃木県生まれ。サッカー部に所属していた高校1年の時にヒザを故障し、手術を受けたことをきっかけにフィジカルに興味をもつ。高校卒業後、運動生理学やスポーツ心理学を学ぶため、米国に留学。大学時代はサッカーやアメリカンフットボール部に所属した。大学院卒業後は米国の高校や大学などでコーチを務めた。2002年に東京ヴェルディ1969ユースのフィジカルコーチに就任。03年には横浜F・マリノスユース、04年からはトップチームのフィジカルコーチを務める。

(文・写真/斎藤寿子)
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