1998年の長野五輪でスピードスケート競技日本人初の金メダリストが誕生した。男子500メートルで優勝したのは清水宏保だ。しかし、それ以降、スピードスケートで表彰台の中央に立った日本人選手は現れていない。来る2月のソチ五輪では、日本短距離陣のWエース加藤条治、長島圭一郎(ともに日本電産サンキョー)に、4大会ぶりとなる金メダルへの期待が寄せられている。
(写真:3大会連続の五輪に挑む長島<後列左>と加藤<後列右>)
 昨年末、長野オリンピック記念アリーナ(エムウェーブ)でソチ五輪スピードスケート日本代表選考会が行われた。文字通りソチ五輪行きの切符を懸けたサバイバルレースだが、既に今シーズンのワールドカップ(W杯)前半戦の成績から加藤、長島、小平奈緒(相澤病院)、石澤志保(トランシス)の4名は代表内定を決めていた。加藤と長島は前回のバンクーバー五輪のメダリストである。ソチ五輪でもメダル候補に挙がっている。

 大会2日目の男子500メートルで優勝したのは加藤だった。1本目で34秒90を出してトップに立つと、長島と同走となった2本目は34秒86をマークした。まさにライバル対決を制し本番への弾みをつけた。
(写真:実力は伯仲。本番でも同組対決はあり得る)

 日本スケート界を背負う自負

 出場者の中で唯一34秒台を2本揃えた加藤には、エースとしての自負がある。「内定をもらっているからこそ、しっかり結果を出さないといけない。これがオリンピック前の最後の公式戦になりますので、自分にプレッシャーをかけて、追い込まれた中でのレースというイメージでやっていました」。2本目のゴール後に見せたガッツポーズに「絶対に結果を出したい」との思いが見て取れた。

 加藤の武器は「世界一」のコーナーワークだ。氷上での感覚に優れ、天才とも称される。02年12月、国際大会デビューとなったW杯長野大会で、弱冠17歳にして表彰台に上るなど、その才能は早くから芽吹いた。05年3月、ドイツでの世界距離別選手権で優勝。同年11月には米国でのW杯で34秒30の世界新(当時)を叩き出した。

 しかし、“世界最速”の称号を持って臨んだ翌年のトリノ五輪では6位に終わった。4年後のバンクーバー五輪では「最低限の責任は果たせた」という銅メダルを獲得。それでも満足のいくものではなかった。1本目34秒93の記録で3位につけた加藤は、2本目で逆転を狙った。しかし、「ありえないタイム」(加藤)の35秒07と記録を落とし、結局順位を上げることはできなかった。レース後、加藤はこう漏らしていた。「銅メダルがこんなに悔しいとは思わなかった」。それだけにソチ五輪での金メダル獲得への思いは強い。

「元々、振り返るのは苦手」という性格の加藤は、トリノやバンクーバーの頃の記憶はあまりないと口にする。それでも「緊張に押し潰される時もありました。生きた心地がしないほどの緊張ばかり」という経験をしてきた。その重圧は“自分がダメだったら日本スケート界がダメになる”という責任から来るものだった。極度のスランプに陥るなど、エースとしての自覚が、彼を苦しめていた。
(写真:ソチの氷上でもガッツポーズを見せられるか)

 今回の選考会でも結果を求め、プレッシャーを自分に課して臨んでいた。その“ノルマ”を達成できたのは、経験から身に着けた対処法のおかげだ。「受け止めすぎても僕はプラスの方向に働かないことがある。少しずつ散らしたり、表情を無理矢理やわらげてみたり、そんなことをして気持ちの余裕を持とう努力しました」。とはいえ、本人も自覚する通り、五輪での重圧は、今回のそれとは比にならない。ソチ五輪に向けて、加藤は自分自身に言い聞かせるようにして、こう語った。「責任感はもちろんありますが、心には余裕を持って挑みたい」

 加藤には勝った時に聴く曲がある。ヒップホップグループのRHYMESTERの『働くおじさん』だ。
<成し遂げた仕事をいま自画自賛。オレたちはやった! やった、やったんだ! 美酒に酔う時が来た>
 加藤は重圧に打ち克ち、未だ見ぬ五輪での頂点を目指す。辿り着いたその先には、きっと歓喜の美酒が待っている。

 引退覚悟で臨む五輪

 一方、選考会で加藤に次ぐ2位に入った長島は、レースの出来を「0点」と評した。1本目35秒09、2本目は35秒19。大崩れした印象はないが、高速リンクと言われるエムウェーブでの記録としては、物足りない。本人も「いいところは全くないです。ダメなところが全部出た感じです。(W杯)前半戦が良かったので、ちょっと調子に乗っていました」と反省の言葉を並べた。

 2本目最終組では、同じメダル候補の加藤とは同走となった。それについて記者から問われると、「今日は自分のやりたいことをポイントだけ抑えてやっていた。何も思わなかったです」と答えた。「結構緊張しました」と話した加藤とは対照的な反応だった。
(写真:長島の武器は「世界一美しいフォーム」と言われる滑らかな滑り)

 Wエースとして比較されることが多い2人だが、ここまでの道程は異なる。若くから世界の第一線で戦ってきた加藤に比べ、長島は遅咲きだった。W杯初優勝を飾ったのは、24歳の時。2歳年下の加藤の初優勝からは6年も経ってからのことだった。そのため、“天才型の加藤”“努力型の長島”と言われることもあった。

 しかし、長島はバンクーバー五輪では加藤を上回る銀メダルを獲得している。そんな長島に対して、当然周囲が期待しているのは金メダル。本人も「1番以外は同じ」と、視線の先を頂点のみに定めている。3度目となるソチは、「3回出てダメならセンスない。ダメだったらすぐやめる」と、31歳は背水の陣で臨む覚悟だ。

 今月8日には、加藤と長島が所属する日本電産サンキョーが会見を行った。ソチ五輪への抱負を訊かれると、「現時点で自分は金メダルを獲る実力を秘めていると思うので、それを自分のものしたい」と“金メダル”を明言した加藤に対し、長島は「最高の結果を残す」と短い言葉で金メダル狙いを示唆した。そんな2人に、監督の今村俊明が「同タイムで金メダルを獲る予定です」と冗談を飛ばすと、加藤は「そのつもりはないです」と否定した。そして加藤からマイクを引き継いだ長島も「(加藤と)同じです」と続いた。静かに火花を散らす両者。「金メダルはオレのもの」という気概が感じられる会見となった。

 ここまでW杯前半8戦で、長島が2勝、加藤が1勝を挙げている。金メダルの可能性は、十分あるが、楽観視できる状況ではない。世界のライバルたちも、虎視眈々とその座を狙っているからだ。特にバンクーバー五輪金メダリストのモ・テボム(韓国)は、8戦中6度の表彰台に上る抜群の安定感を見せている。そのほか、オランダのミシェルとロナルドのミュルダー兄弟に加え、カナダ、米国の北米勢、開催国のロシアも台頭してきており、混戦必至の様相を呈している。W杯は一発勝負だが、2本の合計タイムで競う五輪では、いかに安定した滑りを見せられるかがカギを握る。果たして、日本人選手は表彰台の頂点に立てるのか。その答えは2月10日に明らかになる。16年前のような興奮や熱狂を日本に届けて欲しい。

(第11回は1月20日に更新します)
(文・写真/杉浦泰介)