「2008年5月、『6+5』の正式な提案をしたいと思っている。私は欧州のクラブに自国の選手が少ないことがずっと気になっていた」
 さる12月14日、FIFA(国際サッカー連盟)のゼップ・ブラッター会長は東京都内でこう語った。


 95年のボスマン判決以降、欧州ではEU加盟国選手のEU加盟国内での移籍が自由になった。それにより、あおりをくったのが地元選手だ。外国人選手にベンチへと追いやられるケースが増えたのだ。

 ブラッターが提唱する『6+5』とは、いわばその対応策。ひとつのチームの先発メンバーに最低でも6人の地元選手を起用せよというものだ。必然的に外国人選手は5人以下となる。

 それにしても、なぜブラッターはこの時期に“保護政策”を改めて持ち出したのか。そのきっかけとなったのがイングランド代表の24年ぶりの欧州選手権予選敗退である。MFデビッド・ベッカム、FWウェイン・ルーニー、MFスティーブン・ジェラードをはじめ、世界でも有数のタレントを抱える“サッカー母国”の凋落は、FIFAに大きな衝撃を与えた。

 欧州の主要リーグの中でもプレミアリーグは先発する地元選手の割合が特に少ないことで知られている。アーセナルのようにイングランド人がひとりも先発メンバーに名を連ねないことがあるクラブも存在する。

「(イングランドの)プレミアリーグに外国人が多すぎることが、イングランド代表の弱体化につながったのではないか……」
 国内から、こうした声が上がるのに時間はかからなかった。国内で何かがうまくいかなくなった時、必ずスケープゴートにされるのが外国人であることは洋の東西を問わない。

 困ったことに、ブラッターも、そうした意見の持ち主のひとりだったようだ。
「プレミアリーグのクラブはイングランドのアイデンティティーを失っている。あまりに外国人の数が多く、もうイングランド人のクラブではなくなってしまっている。確かにクラブのアイデンティティーは認めなければならない。しかし国のアイデンティティーを維持することも重要なことだ」

 言うまでもなくFIFAの最大のドル箱は最高峰の国(地域)別対抗戦であるワールドカップ。クラブと代表はこれまでも利害を巡ってしばしば対立してきた。ブラッターが代表の肩を持つのはFIFAのトップとして無理からぬ話だ。

 しかし、話はそう単純ではない。イングランドの名門クラブから地元選手が減ったのには理由がある。外資の導入だ。
 現在、プレミアリーグの中で外国人がオーナーを務めるクラブは8つもある。03年にチェルシーを買収したロシアの大富豪ロマン・アブラモビッチ、05年にマンチェスター・ユナイテッドを買収した米国人事業家マルコム・グレイザーなどがつとに有名だ。

 外資の導入はプレミアリーグに光と影の両面をもたらせた。
 まずは光の部分。06-07シーズンの欧州チャンピオンズリーグにおいて、プレミアリーグ勢はマンチェスターU、チェルシー、リヴァプールと3つのクラブがベスト4に残り、リヴァプールが準優勝した。

 これはまぎれもなく外資導入の成果だ。補強費を湯水のように使うことで、世界中から名のあるプレーヤーが集まるようになった。
 一方で影の部分もある。その最大のものがブラッターも指摘している地元選手の出場機会の減少である。

 たとえばリヴァプール。この名門クラブは昨オフ、スペイン代表FWフェルナンド・トーレスをスペインリーグのアトレティコ・マドリードから4000万ユーロ(約66億円)で引き抜いた。巨額の補強費を捻出したのが、この2月にクラブを買収したばかりの米国人実業家ジョージ・ジレットとトム・ヒックスだった。

 この補強はリヴァプールにとって吉と出た。トーレスは今季のリーグ戦(12月20日現在)でチーム最多の6得点をあげ、チームを牽引している。
 しかし、喜んでばかりもいられない。トーレスの加入によってポジションを奪われたのがイングランド代表の長身FWピーター・クラウチ。出番の減った影響からか不満がたまり、チームに悪影響を与えている。

 代表の利益を守るために外国人選手に対する出場規制を強化すべきか否か。この難問に対する解はまだ見つかっていない。
 ブラッターのような保護主義者がいる一方で、アーセナルのアーセン・ベンゲル監督のように「保護主義はもはや必要ない。スタメンを決める時にパスポートは見ない」と反保護主義の立場を鮮明にする者もいる。

 欧州の主要国は今、どこも移民・外国人労働問題に頭を痛めている。サッカーのピッチはまさにその縮図だと言えよう。

(この原稿は08年1月22日号『経済界』に掲載されました)


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