「点差は1点だけれど、ひとりひとりの力を見たら、ものすごい差だった」
 試合後、浦和レッズの左アウトサイド相馬崇人はそう言った。
 それが正直な感想だろう。


 相馬が言うようにスコアこそ0対1だったが、アジア王者浦和と欧州王者ACミラン(イタリア)との間には、ちょっとやそっとのことでは埋められないような差があった。
 しかし、逆に言えば“ガチンコ対決”を通して彼我の差を体感できただけでも、浦和の選手たちにはよかったのかもしれない。

 07年12月13日、サッカー6大陸連盟のクラブ王者などで世界一を争うクラブワールドカップ準決勝でミランと対戦した浦和は0対1で敗れ、決勝進出を逃した。浦和がこれだけ防戦一方に追い込まれた試合は、近年、日本では見たことがない。それがまた新鮮だった。

 とりわけ後半に入って、しばらくの間はハーフコート・マッチのような様相を呈していた。1試合を通してのボールポゼッションこそ61%対39%だったが、もっと差があるように感じられた。
 
 後半22分の先制点は芸術的だった。
 左サイドからドリブルで持ち込んだカカがゴール前に詰めていたセードルフに、密集を抜く絶妙のパス。セードルフは左足インサイドで落ち着いてゴール右隅に蹴りこんだ。予想されたこととはいえ、カカやピルロ、セードルフを止めるのは容易ではなかった。
 前半23分には、カカがトップスピードに乗ったままドリブルで2人をかわし、ラストパスを送った。ゴールこそならなかったが、スタジアムにはため息が漏れた。

 前半を0−0で折り返すなど、欧州王者相手に浦和はよく戦った。守りの要である闘莉王は「守備は通用した」と語ったが、まんざら強がりではないだろう。
 しかし、あれだけ波状攻撃を仕掛けられれば、いずれ堤防は決壊する。見方を変えれば、よく1点ですんだものだ。
 試合を観て感じたのは、やはり最後は個の強さだ。この点が改善されない限り、いくら組織力に磨きをかけても、欧州や南米の強豪から金星を奪aうことは難しい。

 じゃあミランの選手が大男ばかりかといえば、そうではない。チャンスの芽をことごとく摘み取ったガットゥーゾは177センチ、77キロ。このぐらいのサイズの選手ならJリーグにもゴロゴロいる。しかし「ガットゥーゾ以上の屈強さを持つボランチは?」と聞かれたら、返事に窮してしまう。

 司令塔のピルロにいたっては177センチ、68キロと浦和の長谷部誠と同サイズである。 若き司令塔である長谷部も、この日に限ってはいいところが少なかった。
「この1点の重さは5点、10点にも値する。自分にできるプレーをやろうと思ったけどできなかった」

 FWの永井雄一郎にいたっては、見せ場すらつくることができなかった。本人が「チャンス? ありましたかねぇ」というくらいだから、要するに何もさせてもらえなかったということだ。ミランのDF陣は点取り屋のワシントンには注意を払っていたが、永井に対しては結構、自由に泳がせていた。それでも何もできなかった。90分間を通して放ったシュートが1本では、危険性をアピールすることはできない。

 協会首脳陣も試合後はサバサバしていた。
「判断のスピード、技術、瞬発力。ACミランとは相当な差があった。浦和の選手たちは初めてそのことを肌で感じたんじゃないかな」とは川淵キャプテン。
 Jリーグ専務理事で、浦和の元社長・犬飼基昭氏は「J1とJ2の試合みたいでしたね」と本音を口にした。

 しかし浦和のみならず、日本のクラブが今後「世界」を目指すためには、「価値ある敗戦」だったのではないか。トヨタカップがクラブワールドカップに発展するまで、日本のクラブが欧州や南米のトップクラブと“ガチンコ勝負”を行なう機会はなかった。それが可能になっただけでも、この大会には意義がある。近年、日本のサッカーはクラブよりも代表に光が当たることが多かっただけに、この大会は日本のクラブにとって励みになることだろう。

 12月16日、浦和はミラン戦の敗北を糧にアフリカ王者エトワールを破り、アジア勢初の3位に入った。
 未来へ大きな一歩を踏み出した。

(この原稿は『週刊漫画ゴラク』08年1月11、18日合併号に掲載されました)


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