リーグ3年目となった2007年も残すところ、あと数日。今年のアイランドリーグは東京ヤクルトに指名を受けた三輪正義(香川)をはじめ、過去最高の6選手がNPBの門をくぐった。九州の2球団を加え拡張するリーグの行方とともに、彼らの活躍も楽しみだ。四国からNPBにはばたいた選手は、今年1年をどんな形で、どんな思いで過ごしてきたのか? その今を追いかける。

“ケンカ投法”で来季こそ1軍定着――伊藤秀範(東京ヤクルト)

「今年は1年もったいなかった。早く結果を出さないと、野球人生、終わっちゃうんで……」
 表情には危機感がにじみ出ていた。「プロフェッショナルではなかった。甘かった」。今シーズンの感想を求めると、ルーキーイヤーで1軍も経験した選手の自己評価としては厳しい言葉が伊藤の口をついて出た。

 2007年シーズンはツバメのごとく飛躍したスタートだった。投手陣が不足する台所事情の中、オープン戦期間中に1軍昇格。たった1度の先発のチャンスで5回1失点と結果を出した。「まずは支配下登録」。入団時の目標は開幕前に達成された。それだけではない。開幕1軍にも抜擢され、2試合目となる3月31日の中日戦で早速1軍デビューを果たした。

 しかし――ここから苦しんだ。デビュー登板はドラゴンズ打線の洗礼を浴びた。オープン戦で空振り三振にきってとった中村紀洋にいきなりヒットを打たれる。緊張もあってか、ボールは走らず、気づけは2点を失っていた。程なく伊藤は2軍落ちを経験する。

「自分でも思った以上に早く支配下登録されて、開幕1軍も経験できた。そこでホッと安心してしまったところがありましたね。2軍に落とされていても“たぶん大丈夫だろう”みたいな気持ちでした。どこか天狗になっていたのでしょう」
 根拠のない自信は、単なる勘違いである。ファームに落ちて1カ月、2カ月と時が過ぎた。だが、1軍からは下位に低迷していたにもかかわらず、まったくお呼びがかからない。ようやく1軍に復帰したのは消化試合ムードが漂い始めた8月の後半だった。

 中継ぎ登板した最初の2試合こそ無失点で結果を残したものの、初の先発を任された9月7日の中日戦では2回6失点。中村紀には甘く入ったカットボールをレフトスタンドに軽々と運ばれた。前日の登板予定が雨で流れたとはいえ、首脳陣の期待を裏切った。
「当日移動になった影響はないでしょう。他の投手は抑えてるんだから」
 古田敦也兼任監督(当時)はプロ初黒星を喫した右腕を突き放した。以後、背番号52が1軍のマウンドに上がるチャンスはなかった。

「一投一打に対する集中力が違いました。ここっていう場面では空振りもしないし、打ち損じもしない。逆にピッチャーは大事な場面で最高の1球が投げ込める」
 伊藤は1軍と2軍の差を痛感した。このままでは生き残れない。そんな思いが冒頭の危機感につながっている。では、何が彼には必要なのか。

「香川時代、加藤(博人)コーチにも教わったんですけど、プロで成功するピッチャーはみんな、“これだ”というボールを持っていると。たとえば加藤コーチならカーブ、伊藤智仁コーチならスライダー。この1球というものが僕にはないんです」
 四国時代はキレのあるスライダーが武器だった。これはNPBでも変わらない。とはいえ、“伊藤=スライダー”では限界があるのも事実だった。

 今季21年ぶりの最下位になったヤクルトは来季、チームの顔ぶれが大きく変わる。高田繁新監督が就任したのはもちろん、投手陣では石井一久(西武)がFAで抜け、最多勝を獲得したセス・グライシンガーも巨人に移籍した。佐藤由規(仙台育英高)、加藤幹典(慶大)ら期待の新人が入ってくるとはいえ、若手の台頭が求められる。

 新体制で迎えた松山での秋季キャンプ、西武からやってきた荒木大輔投手コーチから伊藤はあるテーマを与えられた。
「もっと荒々しさを出せ!」
 その意味をキャンプ中、じっくり考えてみた。

「川上憲伸さん(中日)にしてもシュートを持っているし、ダルビッシュ(日本ハム)にしてもツーシーム系で中をえぐるボールを持っている。やっぱり1軍で活躍している右ピッチャーは内と外を両方突けますよね。僕はオーソドックスなタイプなので、スライダーを生かすためにもシュートを武器にしないといけない」
“内角をもっと強気に突くピッチングを磨け!”。コーチの言葉を伊藤はそう解釈した。現に中継ぎで結果を出した2試合は内角球が効果的に使えていた。甲子園で金本知憲をピッチャーゴロに打ち取ったボールもインコースだった。目指すべきは“伊藤=シュート”。答えはおのずと出た。

 イメージしているのは251勝をあげた往年の名投手、東尾修(元西武)のピッチングスタイルである。東尾は相手バッターに対する厳しい内角攻めで知られ、“ケンカ投法”の異名をとった。通算与死球165はプロ野球記録になっている。
「でも、バッターがかかとに体重を乗せたらピッチャーの勝ちでしょう。もちろん四死球は少ないほうがいいですけど、プロは内容よりも結果です。特にシュートは甘く入ったら危ない球ですから、来シーズンは死球数がリーグワーストでもいいという思いです」
 もちろんわざとぶつけるわけではない、と前置きしながら、伊藤はきっぱりと言い切った。

 松山キャンプでは他にも収穫があった。新球フォークに磨きがかかったのだ。「横のボールだけじゃ、1軍のバッターはバットに当ててくる。縦の変化が成功するかどうかの生命線になる」。伊藤智仁コーチの指示で覚えた落ちるボールだったが、モノにするには時間がかかった。一時はフォームを乱したこともあった。試行錯誤の成果は来季に生かされそうだ。

「久々の四国で(アイランドリーグと)練習試合もしたんですけど、みんな必死にやっていましたね。ガムシャラさとか、そういう気持ちを思い出させてくれました」
 オフシーズンに入ったが、伊藤に本当のオフはない。「勉強の1年だった」と総括した今年をムダにしないためにも、キャンプインまでトレーニングを怠らないつもりだ。

 来季の目標は“初勝利”ではない。“1軍定着”だ。1軍に定着すれば、結果は勝手についてくる。1軍で定着できれば、もし故障等で戦列を離れることがあっても、即クビを切られることはないだろう。そう本人は考えている。勝負をかける2008シーズン、2年目を迎える右腕は既に動き始めている。

(このシリーズは不定期で更新します)

伊藤秀範(いとう・ひでのり)プロフィール
 1982年8月22日、神奈川県出身。右投右打。181センチ、84キロ。駒場学園高時代は那須野巧(横浜)と同期だった。その後、社会人ホンダでプレーし、05年、アイランドリーグ・香川に入団。同年、12勝をマークして最多勝に輝くなど、リーグを代表する右腕として活躍し、06年の育成ドラフトでヤクルトから指名を受ける。ルーキーイヤーとなった今季、オープン戦の好投で支配下登録されると開幕1軍入りも果たした。140キロ台のストレートにスライダーなどの多彩な変化球を交えた投球が持ち味。今季成績は4試合、0勝1敗、防御率12.00。

(石田洋之)

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