フォトグラファーの高尾啓介氏が高校ボクシングの指導者に焦点をあてた写真集『この道ひとすじ・高校ボクシング指導者の横顔』が11月20日、石風社より発行された。
 25年間に渡りアマチュアボクシングを追い続けてきた高尾氏が撮りためた写真の中から、高校指導者の表情を切り取ったこの一冊には、高校ボクシングの指導者の情熱、リングにかける師弟の絆が120ページ30項目に詰まっている。
 緊張感と闘う選手、教え子の試合を見守りラウンドの合間に激励する指導者の表情――切り取られた瞬間には、昨今世間を騒がすプロボクシング界の一部の醜聞を忘れさせるような、ボクシングに純粋に熱く向き合う若者たちと指導者の姿が真っすぐに描かれている。
 高尾氏自身、リングに情熱をかける青春時代を送った元選手だ。佐賀龍谷高校時代には、国体(少年団体)で3位、中央大学時代も3位入賞するなど全国トップクラスと対戦した。現役当時の中央大学は、全国大学王座(団体)も2度優勝するほどの名門校だったという。
 社会へ出て半年で挫折した高尾氏は、社会に役に立つ仕事は何かを模索していた時、新聞記者だった父から譲り受けたカメラを片手に、昭和57年後楽園ホールで写真を撮り始めた。
 初めて写真の道で生きようと決心したのは、昭和58年の全国高校総体ボクシング会場だった。
「会場で指導者たちの選手への強い思いを感じたんです。選手に向かいアドバイスを送る指導者の姿に心を引かれ、写真で残したいと思ったのが、始まりでした」
 アマチュアボクシング、その中でも指導者の表情に焦点をあてるようになったきっかけについて高尾氏はこう語り続ける。
「自分が高校、大学でボクシングをやってきた中でも、指導者との出会いは良くも悪くも大きかった。指導者からの一言でやる気になったり、逆にやる気を失せたり……そういう積み重ねがあった。スポーツマンはみんなそうだと思うけど、指導者から受ける影響は人生においても決して小さくないですよね。
 高校のボクシング部というのは、中学から入ってきて初めてボクシングを始める子がほとんど。そして、高校総体・国体までの二年僅かの間で部を去ることになる。しかし指導者たちは、その短い間に情熱をかけ、指導を続けるわけです。現代の子供たちは、辛抱して物事をコツコツやる忍耐力に欠けていたりする。そんな子らを相手にボクシングの指導者に情熱をかけ、地道な活動を続ける執着心や忍耐……そこから何か感じてもらえればと思います」

 アマチュアボクシングの高校の指導者というメディアにもなかなか取り上げられることのない部分に光を当てたことについては「この仕事は自分にしか出来ない」という気持ちで、撮り続けてきた。
 現在、アマチュアボクシングの試合では競技の進行上リングサイドでの写真撮影は禁止されているが、平成5年頃までは許可されていた。カメラを構える高尾氏の耳には師弟の会話が飛びこんでくる。自身もボクサーとして戦った経験があるだけに、時には感情移入してしまうこともあるという。
「心の底から感情が高ぶってきて涙で目頭を濡らしながらシャッターを押していた記憶が甦ってくる。指導者が子どもにかける言葉もそのまま聞いていますから、その思いが写真に映されていると思いますね」

 25年間にわたる写真活動の中で撮りためた写真のカット数は40万カットにも及ぶ。
「当時、出版社等にフィルムを渡さず、自分が著作者でいようと拘った。1つの大会でも百何十本となってしまう。増えすぎて整理し処分しようかと思いながらも、古いフィルムもそのまま保管してきた。今も押入れ一間分がフィルムで埋まっていますよ(笑)。たまに元選手から結婚したとか子供が生まれたとか言って写真をほしいと連絡が来ますよ。その為にも大事に保管していたのかも知れません」 
 今回の写真集にはそのうちの270枚、約140人の指導者やボクサーが紹介されている。中には、大橋秀行氏、鬼塚勝也氏といった、後に世界チャンピオンになったボクサーの若かりし頃、後藤正治著『リターンマッチ』の主人公である脇浜義明教諭などの写真もおさめられ、それと共に文章により指導者の生き様が語られている。だが、誰かを特別に取り上げるようなことはしていない。「名勝負とか、名選手の試合だとか、あえて省いた」と高尾氏は言う。「写真集に込めたメッセージは何かと言われたら、この中にはヒーローは存在しないということなんです」。
 プロボクシングは興行の世界であるため、ヒーローを誕生させ、時にはメディアによって作られる。だが、高校ボクシングの世界に作られたヒーローはいらない――そんなメッセージが、この写真集には込められている。そして後書きにもあるように「指導者との出会いで今がある事への感謝の気持ち」指導者へ捧げる写真集であると受け取れた。
「この選手の1番良い所はどこだろう、と撮り続けています。でも、簡単には探しきれない……」と高尾氏。リングでボクサー達が輝く瞬間を追い求め、これからもリングに向かってシャッターを切り続けるのだろう。

※写真集のテーマについて(高尾氏より)
「ボクシングの指導者に絞りこみ、その中でも高校ボクシングの指導者にスポットをあて、若き選手時代の姿や今日の生き様を描く。昭和57年から撮影した25年の間に、ボクシング指導を通じ戦いと葛藤、喜びと悲しみなどさまざまなドラマが生まれ、垣間見てきたシーンを切り取る。その数々の中から人物、地域別に写真と文章、キャプション・経歴など記して出来るだけ判りやすく表現しその人物像をリアルに描きだすよう努力した。アマチュア・ボクシングを題材にした全国でも初めての写真集であると信じています」

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