史上初の野球の国別対抗戦「ワールド・ベースボール・クラシック」(WBC)の決勝、日本対キューバ戦の視聴率は43.4%(関東地区)を記録した。プロ野球中継では歴代3位の視聴率だった。王貞治日本代表監督は「正直、野球がこれほど盛り上がるとは…」と語ったが、本当にその通りだ。日本人はやっぱり野球が好きなのだ。改めてそのことに気付かされた。
 語り手の根来広光さんは元国鉄のキャッチャーだ。というより「カネやんの女房役だった人」といった方が通りはいいかもしれない。とりわけ巨人・長嶋茂雄のデビュー戦でのエピソードが胸にジンときた。対する国鉄のエースは金田正一。前夜、金田は食事の席で根来にこう言った。「いいか、ゴロ、よう見ておけよ。(中略)こっちはプロで何年もメシを食ってる。プロの力がどんなものか、明日、この俺が長島に教えてやるから。俺は絶対、あいつに打たせない!ゴロ、いいな、よう、その目に焼き付けておけよ」。
 結果は4打席4三振。まさに伝説の生き証人だ。時として伝説は主役が語るよりも脇役が語る方がおもしろい。バイプレーヤーの肉声が伝わってくる好著。
「みんな、野球が好きだった」 (語り手 根来 広光/聞き書き 小田 豊二・集英社・1800円)

 2冊目は「蹴音」(三浦 知良 著・ぴあ・1200円)。「選手としても、人生としても、これでいいということはない」。39歳になった今もピッチに立ち続けるカズ。いかにして彼は“キング”たりえたか。語録を読めばそれがわかる。

 3冊目は「クセ者」(元木 大介 著・双葉社・1400円)。かつて隠し球といえば大下剛や木下富雄、アイルランドら広島勢の専売特許だったが、近年では著者が最もうまかった。あの職人芸が見られないかと思うと無性に寂しい。

<この原稿は2006年4月5日付『日本経済新聞』夕刊に掲載されたものです>
◎バックナンバーはこちらから