“シブヤフォント”とは東京都渋谷区のみやげ開発プロジェクトがきっかけで生まれたパブリックデータである。渋谷で暮らし、働く障がいのある人が描いた文字や絵をフォントやパターンとしてデザインしたものだ。2016年に始まり、2021年4月には“シブヤフォント”が様々なモノや事に使用されることで、<より多くの人に渋谷を好きになってほしい、シティプライドを感じてほしい、そして障がいのある人の活動を知ってほしい>という想いから一般社団法人シブヤフォントが設立された。共同代表を務める磯村歩氏に事業の取り組みや、障がい者アートの可能性について訊いた。

 

伊藤数子: 昨年4月に設立した一般社団法人シブヤフォントは、その名の通り渋谷区が発信する事業ということでしょうか?

磯村歩: はい。一般社団法人シブヤフォントは、渋谷区と連携しながら事業を行っています。私は障がい者アートの貸し出しなどを手掛けている株式会社フクフクプラスの共同代表、専門学校桑沢デザイン研究所非常勤教員も務めています。理事には渋谷区の障がい者福祉課長や、障がい者支援事業所の施設長の方々がいますので、“産官学福”が連携した運営となっているんです。

 

二宮清純: ということはデザインを提供している障がいのある人は、全員が渋谷区内で暮らす人か、働く人ですか?

磯村: そうです。2021年度は11の渋谷区内にある障がい者支援事業所が手をあげてくれました。その中でシブヤフォント向けにアートを提供してくれた人は90~100人。おかげさまで、これまで300種類以上の商品が30社を超える企業で採用されています。

 

二宮: デザインデータということで、世界中どこでも使えるのが魅力ですね。

磯村: ありがとうございます。元々、“シブヤフォント”は2016年に渋谷区のみやげ開発プロジェクトとして、渋谷区内の障がい者支援事業所と渋谷区にある専門学校の桑沢デザイン研究所の共同事業によって生まれました。一緒に取り組んだ学生の1人が、障がい者支援事業所を訪問する中で、障がいのある人が描いた文字がユニークで、とても味わいがあることを知り、それをフォントとしてお土産に活用するというアイディアが発案されました。データであれば使い勝手も良く、ずっと使えます。また在庫を持たなくていいのもメリットですね。

 

二宮: 実際にそのフォントやパターンを拝見しましたが、個性的なものばかりですね。事業としては一般社団法人シブヤフォントが作品の権利を管理するということでしょうか?

磯村: はい。障がいのある人と学生との共同著作になりますが、障がい者支援事業所とで著作権運用における契約を締結し、その上で、障がい者支援事業所と一般社団法人シブヤフォントとで、権利関係をまとめて運用しています。使用者や企業から入った売上は、一般社団法人シブヤフォントが窓口となり、障がい者支援事業所より障がいのある人に分配するというかたちをとることで、障がいのある人の工賃向上に繋げられるような構図にしています。事業所側としては、障がいのある人がデザイン制作を経験することで、施設利用者の可能性を発掘するという狙いもあります。

 

 渋谷から全国展開へ

 

二宮: 今まで気付けなかった自分の才能に目覚める人もいるでしょうね。

磯村: そうですね。自分の創ったデザインが商品化され、他者から「すごいね」と評価されることで自己肯定感が高まります。障がい者支援事業所の方から聞いた話では、障がいのある人のデザイン制作のモチベーションアップに加え、他の仕事に対する好影響もあったそうです。私たちの事業は、障がいのある人の親御さんたちにも喜んでいただけています。

 

二宮: パラスポーツに通じるものがありますね。競技でパフォーマンスを発揮することで、どんどん自信を持ち、「人生が豊かになった」とおっしゃる人もたくさんいます。

伊藤: スポーツとアートという手段の違いこそありますが、社会と関わっていくきっかけになるという点では同じですよね。

磯村: このプロジェクトは参加する学生たちが、障がい者支援事業所に赴くというのもいいことだと思っています。多様な人と出会うことで、障がいのある人に対する理解も深まります。「障がいのある人に持っていたイメージが変わりました」と言う学生もいました。

 

二宮: 学生たちにとって、貴重な学びの場となっているわけですね。

磯村: おっしゃる通りです。それにデザインの仕事はデザイナーひとりで完結するものではありません。作品を制作するにも、制作後も、様々な人が関わって商品として販売できるようになる。その工程を経験する機会を提供できているので、学生の成長に繋がっているという手応えがあります。学生はこのプロジェクトでつくったデザインを企業に対してプレゼンテーションを行い、優秀な作品には参加している企業から賞を授与される。それは学生のモチベーションにも繋がりますし、プレゼン力もかなり向上します。

 

二宮: 桑沢デザイン研究所も渋谷区内の専門学校ですから、地域貢献にも繋がっている。非常に面白い仕組みですね。渋谷区以外のまちで、同様のことはやっていないのでしょうか?

磯村: 厚労省の事業で、障がい者アートの制作支援を行っている地域もあるそうです。ただ、シブヤフォントのように“産官学福”が連携するようなケースはまだ少ないと思います。

 

二宮: 今後、この事業をどう発展させていきたいとお考えですか?

磯村: シブヤフォントに携わっている障がいのある人が、より地域と繋がることも大切だと思っています。地区ごとでシブヤフォント展を開催するなど渋谷区民の方々と障がい者支援事業所との繋がりづくりをしていきたいですね。そして、シブヤフォントはグーグル合同会社が提供する「Google Fonts」に登録されるなど、世界中の方々に使っていただけるようになっています。これをさらに広げ、渋谷発、日本初の本事業を世界に広げていきたいと思っています。また、「ご当地フォントをつくりたい」という問い合わせもいただいていますので、何かしらのご支援もしていきたいですね。

 

(後編につづく)

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磯村歩(いそむら・あゆむ)プロフィール>

一般社団法人シブヤフォント共同代表、株式会社フクフクプラス共同代表、専門学校桑沢デザイン研究所非常勤教員。1989年、金沢美術工芸大学卒業。同年富士フイルムに入社し、デザインに従事。2006年より同社ユーザビリティデザイングループ長に就任し、デザイン部門の重要戦略を推進した。退職後、デンマークに留学し、ソーシャルインクルージョンの先駆的な取り組みを学ぶ。帰国後、株式会社フクフクプラスを設立した。2021年4月、一般社団法人シブヤフォント設立。ソーシャルプロダクツアワード2021大賞、IAUD国際デザイン賞金賞、グッドデザイン賞、桑沢学園賞、日刊工業新聞社 機械工業デザイン賞、世田谷区産業表彰、Good Job! Award入賞などを受賞した。著書に「ユニバーサルプレゼンテーション『感じるプレゼン』」(UDジャパン)がある。

 

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