「王道」か「覇道」か――。東西両横綱の相星決戦となった初場所の千秋楽をテレビで観ていて、不意にそんなフレーズが脳裡をよぎった。
 言うまでもなく「王道」は3場所連続優勝を果たした東の横綱・白鵬である。伝家の宝刀・左上手投げで西の横綱・朝青龍をひっくり返した瞬間、隣で観ていた知人が「正義が勝った!」と言って手を叩いて立ち上がった。何が正義で何が邪悪なのかは不明だが、一連の騒動を通じて知人は朝青龍に対し、嫌悪に近い感情を抱いたようだ。

 朝青龍のヒールぶりが際立っていることもあって、白鵬には優等生のイメージが付きまとう。「休んでいた横綱に負けられなかった」という言葉ひとつとっても、謹厳実直な日本人の琴線に触れるものがある。支度部屋で声を荒げたという話も聞いたことがない。

 一方の朝青龍は近年、稀に見る「覇道」の人である。仕草からしてふてぶてしい。傍若無人という言葉が、これほどぴったりくる力士も珍しい。先の知人は「やることなすこと、全てカンに障る」とまで言った。こうした意見の持ち主は決して少数ではない。
 一向に態度の改まらない朝青龍に対しては依然として「品格がない」との批判がある。今になって朝青龍にそれを求めるのは八百屋の店頭でサカナを注文するようなものだろう。

 教育するなら、この時だった。大関になったばかりの朝青龍が当時、横綱だった貴乃花(現親方)に挑戦し、敗れた後、「ケガした右足にガンとやればよかった」と言って悔しがった。正直といえば正直だが、この発言を新聞で目にした時、トラブルを繰り返す朝青龍の現在の姿は十分に想像できた。「人の痛みが分からないのか」と師匠は弟子の右足を竹刀で打ちすえるべきだった。個人的な基準だが、これは「暴力」ではない。「躾」である。

 ちなみに「王道」と「覇道」の違いを説いたのは孟子である。前者が君主の徳と人望をもって世を治める思想なら、後者は強大な武力を背景に民衆を屈服させることで権力を維持する思想とでも解釈すればいいのか。いずれにしても両雄の旗幟は、いよいよ鮮明である。土俵を制するのは王者か覇者か。春場所が今から待ち遠しい。

<この原稿は08年1月30日付『スポーツニッポン』に掲載されています>

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