かつてプロ野球には杉浦忠(故人)、秋山登(故人)、皆川睦雄(故人)、山田久志、足立光宏らアンダースローの大投手がたくさんいた。ところが昨今、下手投げのエース級といえば著者である千葉ロッテの渡辺俊介くらいのものである。本人の言葉を借りれば「絶滅危惧種」。私に言わせれば「無形文化財」である。
 この渡辺、150キロ近いストレートがあるわけでもなければ魔球かと見紛うような変化球があるわけでもない。一球一球を丹念に見ていくとどれも凡庸なボールである。にもかかわらずピッチャーとして成功した理由はどこにあるのか。私見だが、それはいかにして打たせないか、ではなく、いかにして打たせるか、その極意を掴んだからに他ならない。本書ではディティルが描かれている。ゆえに組み立ては「三振を取る配球ではなく、打たせて取る配球」に貫かれている。究極の技巧派の姿がそこにある。
 速いボールを投げることに越したことはない。だが、それはピッチャーが成功する上での「必要条件」ではあっても「十分条件」ではない。それを証明しただけでも彼のピッチングには価値がある。遅いボールも才能のひとつなのだ。 「アンダースロー論」(渡辺俊介著・光文社・700円)


 2冊目は「Q&A日本経済100の常識<2007年版>」(日本経済新聞社編・日本経済新聞社・1400円)。ライブドアや村上ファンドが起こした問題は株式を身近なものにしたという意味においてマイナス面ばかりではなかったと思う。日本経済を平易に解説。


 3冊目は「階級社会」(橋本健二著・講談社・1500円)。日本社会の格差拡大が話題になって久しいが、本書は社会調査のデータを駆使してその実態に迫る。あくまで学術的に問題にとりくむ姿勢は貴重だ。

<この原稿は2006年9月27日付『日本経済新聞』夕刊に掲載されたものです>
◎バックナンバーはこちらから