実力はあるが、ここ一番になると脆く、団結力もない――。それがスペイン代表のこれまでのイメージだった。
 それを払拭したばかりでなく、2010年南アW杯の優勝候補にも名乗りを上げた。ユーロ2008でのスペインの44年ぶり2回目の優勝は世界のサッカー勢力図を塗り替えることになるかもしれない。

 まずはユーロの戦いぶりを振り返ろう。グループリーグ初戦のロシア戦でフース・ヒディンク率いるロシアに4対1と完勝した。ストライカーのダビド・ビジャ(バレンシア)がハットトリックを達成。チームはこれですっかり勢いに乗った。
 決勝トーナメント1回戦では“死のグループ”C組を2位で通過したイタリアに苦しみながらもPK戦の末に勝利しベスト4へ進出した。
 準決勝は初戦の大敗から立ち直り、ダークホースに浮上したロシア。今回は苦戦が予想されたが立ち上がりから一方的にゲームを支配し3対0で返り討ちにした。ヒディンク・マジックもスペインには全く通用しなかった。

 決勝の相手はドイツ。大会前の評価は決して高くなかったが、ミヒャエル・バラック(チェルシー)を中心に、持ち前の強じんさとタテへの突破力でトーナメントの階段を着実に上ってきた。
 ドイツはこれまでユーロとW杯を3回ずつ制している。前評判は高くなくても、大舞台では無類の力を発揮するのがドイツだ。
 今回も「最終的にはドイツのタイトルへの執念がスペインの勢いを上回るのではないか」との見方が支配的だった。
 しかし結果は違った。スペインは前半33分にシャビ・エルナンデス(バルセロナ)からのパスをフェルナンド・トーレス(リバプール)が流し込んだゴールをしたたかに、そして勇敢に守り切った。チームは最後まで統制がとれ、破綻をきたすことはなかった。

 なぜスペインはかくも劇的に変わったのか。熟成感の漂うチームでありながら、実はスペイン代表の平均年齢は26歳とユーロ出場国の中では3番目に若い。
 だが若さは経験不足を意味しない。今回の代表は各年代の主要なユース大会で優勝を経験しているメンバーを中心に構成された。
 もっと具体的に言えば、2001年のU−16、2002年のU−19ではともに欧州選手権を制し、その前の1999年世界ユース選手権(現U−20W杯)では決勝で日本を破り優勝を果たしている。
 いわば勝つことに慣れているチームだったのだ。単に選手を育成するのではなく、育てながら勝つというスペイン協会の強化方針がここにきてやっと実を結んだといっていいだろう。

 戴冠の理由は他にもある。それは選手たちの国外リーグでの経験だ。
 スペイン国内リーグ、リーガ・エスパニョーラは欧州屈指のレベルを誇る。リーグの屋台骨を支えるレアル・マドリッドとFCバルセロナには今をときめく世界のスーパースターが参集する。
 当然、これまではレベルの高い自国リーグでプレーする選手たちが代表枠のほとんどを占めていた。ちなみに前回のユーロ2004ポルトガル大会では、国外リーグで戦っている選手はわずかひとり。
 ところが今回は5名も国外リーグでプレーする選手が名を連ねていた。その5名全員がイングランドのプレミアリーグに在籍する選手。名前をあげれば、フェルナンド・トーレス、シャビ・アロンソ、セスク・ファブレガス、アルバロ・アルベロア、ホセ・マヌエル・レイナ。
 ともするとリーガ・エスパニョーラはテクニック的に秀れているが、ボール回しのスピードやフィジカル・コンタクトの強さという点ではプレミアリーグの後塵を拝する。
 プレミアリーグでプレーする5名の選手たちはスペイン風味のスキルフルなサッカーに合理的で直線的なイングランドのテイストも持ち込んだ。

 加えていえば今回の代表の選手たちにはお決まりの代表選手間での対立が全く見られなかった。周知のようにカスティーリャ、カタルーニャ、バスクなどの寄り合い所帯であるスペインは伝統的に民族意識が強く、それが代表チームから一体感を失なわしめる理由と見なされてきた。
 しかし今回のチームはユース年代から戦ってきた選手たちが多いこともあり、大会期間中、一度も不協和音が生じることはなかった。
「選手をまとめることさえできれば優勝できると思っていたよ」
 ルイス・アラゴネス監督は淡々と語った。
 優勝決定後には、日本のプロ野球のように監督が胴上げされた。これはヨーロッパのサッカーシーンにおいてはきわめて珍しいことだ。若い選手たちが自発的に監督を胴上げするシーンこそは、今のスペイン代表の姿を象徴していた。

「スペインサッカーの質は観戦する全ての人から称賛されている。チームプレーが個の才能を制限することもない。サッカーファンにとっては最高のエンターテイメントになっている」
 とは、UEFA会長のミシェル・プラティニ。最高の褒め言葉である。
 勝利を優先するあまり、魅力的でないゲーム運びをするチームが多い中、スペインは欧州王者の称号とともに、観衆からの賞賛をも一手に集めてみせた。
 2年後が楽しみだ。アフリカ最南端の地で、「無敵艦隊」はどんな号砲を轟かせるのか。サッカーの新しい可能性を披露できるのはスペインだけかもしれない。

(この原稿は『FUSO』08年9月号に掲載されました)

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