サッカー界における世界最高の高給取りはチェルシーのジョン・テリーだ。年俸に換算すると700万ポンド(約15億2000万円)。
 そのテリーに迫る900万ユーロ(約14億4000万円)という破格の契約で8月からインテルの指揮を執っているのが「世界一の指揮官」と呼ばれるジョゼ・モウリーニョだ。

 モウリーニョを一躍、スターダムに押し上げたのが04年の欧州チャンピオンズリーグ。モウリーニョは強豪ひしめくヨーロッパにおいてとてもビッグクラブとは呼べないポルト(ポルトガル)を欧州王者に導き、世界を驚かせた。
 プレミアリーグのチェルシーに移ってからもその手腕はいかんなく発揮され、04−05、05−06シーズンを連覇した。
 モウリーニョは過去にスペイン、ポルトガル、イングランドとヨーロッパ各国で必ず好成績を残してきた。その理由はなにか。一言で言えばそれはコミュニケーション能力である。

 選手としてまったく無名だったモウリーニョはスポルティング・リスボン(ポルトガル)で監督を務めていた英国人ボビー・ロブソンの通訳として、そのキャリアをスタートさせた。
 以降、ロブソンからの信頼を得て、ポルト、バルセロナ(スペイン)といった名門クラブでも通訳として働きながら、アシスタントコーチも兼任するようになる。とりわけバルセロナで彼は非常に貴重な経験を積んだ。
 ロブソンが監督に就任した1996年当時のバルセロナは、リヴァウド(ブラジル)、ルイス・フィーゴ(ポルトガル)、フリスト・ストイチコフ(ブルガリア)らスター選手が全盛期を迎え、非常に充実していた。現バルセロナ監督のジョセップ・グラルディオーラ(スペイン)もいた。

 この時の経験を彼は次のように述べている。「たくさんの一流選手を指導していれば、必然的にいろいろ学ぶようになる。また人間関係を学ぶにもいい機会になった。高いレベルの選手ともなれば、指導者のアドバイスを素直に受け入れるとは限らない。なぜそのアドバイスをするのか、きちんと理由を説明する必要がある。監督の言うことは何でも正しいという考えはもう通用しない。一般的な選手に対して通用しない時代なのだから、バルセロナでプレーするような一流選手ならなおさらだ。彼らとの関係から学んだことは、監督をする上で大きな財産になっている」(「ジョゼ・モウリーニョ」ルイス・ローレンス、ジョゼ・モウリーニョ共著、西岡明彦監修、西竹徹訳、講談社)

 2000年、モウリーニョは初めてクラブの監督に就任する。ポルトガルのベンフィカだ。
「私が選手に約束したのは私自身が“素直になる”ということだ。選手の周りにはゴシップや噂が飛び交っている。数限りない情報を遮断することはできない代わりに、私は選手に一切隠し立てはしないと約束をしたのさ。だからベンフィカの選手について私がなんらかの決断を下したときには、まず最初に、私の口から彼らに直接伝えると話した。私はチームを、外部の動きに影響されない、一つのまとまった集団にしたかった。選手とコミュニケーションを取るのは監督の仕事なんだ。そのためには、こちらがオープンになって接する必要があった。私は監督室のドアを開けっ放しにしておいたよ」(同前)
 選手と直にコミュニケーションをとることで、チームをひとつにまとめあげたのだ。

 こんなエピソードもある。
 ポルト監督時代の03−04シーズン。チャンピオンズリーグ1次リーグマルセイユとのアウェー戦を戦った際に、チームの主力選手であったセザール・ペイソトが左足の十字靭帯損傷で全治3ヶ月という大ケガを負った。
 試合の3日後には負傷した足の手術が行われたのだが、驚くべきことにモウリーニョはその手術に立ち会ったというのだ。この時の様子を後にこのように振り返っている。
「私は勇気を出して、手術を見守ることにした。チャンスがあるのなら、私にとってもセザールにとっても、大事なことだと思った。私にすればどんな手術が行われたのかを知っておけば、ケガの回復具合を見ていくうえで、役に立つと思った。セザールにとっては、人生で大変なときに、自分のボスがそばについていてくれるのは、心強かったはずだ。(中略)一番印象に残っているのは、骨に穴を開けるときのドリルの音と、電動メスを使って腱を取り除くときの肉の焼けるにおいだった」(同前)

 もう一つ、彼が他の監督よりも優れている技術がある。それは語学だ。通訳の仕事をしていただけあって、ポルトガル語、英語、フランス語、スペイン語、カタルーニャ語の5カ国語を操る。
 さらに、今シーズンから指揮を執っている国の言語、イタリア語も6つ目の言語として習得しつつあるようだ。
 就任記者会見の席で「(愛弟子である)フランク・ランパード(チェルシー)をインテルに連れてくるつもりなのか」という質問が飛び出した。
 即座にモウリーニョは答えた。
「そんな話をここでするほど、私は“ピルラ”ではないからね」
 ピルラとはミラノの方言で「バカ」とか「アホ」を意味するスラングだ。その言葉を就任会見でイタリア人記者の前で披露したのだ。
 この言葉でモウリーニョは早くもうるさ型のマスコミの心を掴んだようだ。

 今シーズンから指揮を執るインテルはセリエAで3連覇しているもののチャンピオンズリーグでは44年間も優勝から遠ざかっている。07−08シーズンも決勝トーナメント1回戦でリバプールに敗退しており、典型的な内弁慶の状況を呈している。
 モウリーニョが過去6シーズンで手にしたタイトルは実に12。特にチャンピオンズリーグでは4回出場し、優勝1回、ベスト4・2回と無類の勝負強さを発揮している。
 カルチョの国の古豪をこれまで自身が采配を揮ってきたチーム同様に欧州を席巻するクラブに変貌させることができるのか、そこに注目したい。

(この原稿は『FUSO』08年10月号に掲載されました)

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