1度は見てみたいと思っていたが、まさかこんなに早く実現するとは思ってもみなかった。
 言うまでもなく、代表監督としてのマラドーナ采配だ。
 周知のように「天才」の異名を欲しいままにした元アルゼンチン代表のディエゴ・マラドーナがアルゼンチン代表監督に就任した。

 さる11月19日、アルゼンチン代表はグラスゴーでスコットランド代表と戦い、1対0で初陣を飾った。
 しかし、アルゼンチン国民の大半はマラドーナ采配、というよりもマラドーナの監督としての振る舞いに不安を覚えている。
 同国のナシオン紙が実施したアンケートによると、ファンの74パーセントがマラドーナの代表監督就任に反対、支持率はわずか9パーセントしかなかったという。
 無理もない。マラドーナの監督としての実績はお寒い限りだ。90年代、アルゼンチン国内の2つのクラブで指揮を執ったが、わずか3勝しかあげていない。

 加えて数々のトラブルが国民の不安を増幅させる。
 94年のアメリカW杯では「薬物のカクテル」と揶揄されるほどクスリ漬けになっていた実態が明らかになった。その後もコカインや覚醒剤の使用で、2度逮捕された。
 取材に来た記者に空気銃をブッ放したこともある。もう、やることなすこと目茶苦茶だ。一時はアルゼンチンでは“汚れた英雄”扱いだった。
 それでも人気が落ちなかったのは「マラドーナなら何かをやってくれるんじゃないか」との期待があったからだ。
 アルゼンチン国民はマラドーナの現役時代の、芸術的なプレーの数々を今も忘れることができないのだ。
 代表監督に就任するなり、マラドーナは言った。
「わたしはアルゼンチン代表で20年間を過ごしてきた。サッカーは変わらない。私が未熟だという声には笑ってしまう」
 また、現在のアルゼンチン代表に対しては次のような辛口コメントを口にした。
「持ち味が出ていない。パスやワンツーで崩し、そして何よりエンジョイすることを忘れている」
 果たしてアルゼンチン代表は、マラドーナがいた頃のような輝きを取り戻すことができるのか。

 マラドーナは82年スペイン、86年メキシコ、90年イタリア、94年アメリカと、4大会連続でワールドカップに出場しているが、忘れられないのはメキシコ大会だ。
 あれは「マラドーナのマラドーナによるマラドーナのための大会」だった。
 そして、その象徴と呼べる試合が、準々決勝でのイングランド戦だ。舞台は12万人収容のアステカ・スタジアム。
 後半6分、“神の手”で先制ゴールを奪ったマラドーナは、その3分後、リード、スチーブンス、ブッチャー、フェンウィック、そしてシルトンと、GKを含む5人をドリブルで抜き去り、左足でゴールを決めた。
 これが世にいう“伝説の5人抜き”である。
 マラドーナがボールを持てば、何かが起きた。次の瞬間、信じられないシーンが現出するのだ。
 ボールに魔法をかけられる選手がいるとしたら、これまでも、これからもマラドーナ以外にはいないだろう。
 まさに“神の子”だった。
 今の代表にもメッシのような才能豊な選手がいるが、彼にしてもマラドーナと比較するのは酷だ。ピッチの外でマラドーナはミラクルを起こせるのか。起こすとすればどんな方法で……。世界がそこに注目している。

(この原稿は『週刊ゴラク』08年12月19日号に掲載されました)

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