汽笛一声新橋を、とくれば、言わずと知れた「鉄道唱歌」の冒頭部分。酔いが回ると、つい口ずさんでしまう御仁も少なくないのではないか。ところでこの唱歌、なんと334番まであるそうだ。
 なぜ、こんなに長いのか。それは日本各地の風物や歴史、名産品などを詠みこんで、国民に地名を暗記させることが目的だったからだ、と著者は述べる。唱歌は「夕空はれてあきかぜふき」(故郷の空)と感傷を歌うだけではなく、教育の一環として成立したのだ。

 したがって、たとえば「公徳唱歌」では忠孝をはじめとする国民道徳を説くし、「堺市水道唱歌」では、堺市の風物を紹介しつつ、水道敷設の意義を訴えるといった寸法。

 著者は、このような明治期の唱歌誕生の過程と国語文法の成立過程を、いわば同時進行する日本近代化の一断面として描出する。典型例は「文典唱歌」の歌詞の一部分。「のぼる朝日の本つ国」と国威を思いきり発揚したあとで「名詞の様や性質を」と、いきなり文法教育が始まるのだ。

 日本人にとって近代とはいったい何であったのか。それを唱歌を通して問い直す作業は、現代人にとって有意義に違いない。
「唱歌と国語」(山東功著・講談社・1500円)

 2冊目は「タイ三都周郵記」(内藤陽介著・彩流社・1900円)。 著者は日本を代表する郵便学者である。今度の舞台はタイだ。バンコク、アユタヤ、チェンマイを旅しながら、切手を通してタイの歴史と現在を読み解いていく。

 3冊目は「野球人の錯覚」(加藤英明、山崎尚志著・東洋経済新報社・1500円)。「固定観念は悪」とは楽天・野村克也監督の言葉だ。“試合の流れ”は本当にあるのか。ラッキー7は得点が入りやすいのか。データを駆使し、球界の固定観念を打破する。

<この原稿は2008年3月26日付『日本経済新聞』夕刊に掲載されたものです>
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