アントニオ・ネグリとマイケル・ハートの大著『帝国』が話題になったことは記憶に新しい。グローバルな民主主義の政治主体として「マルチチュード」という概念を提示したものだった。
 そのネグリは、イタリア現代思想の重鎮として知られる。また近年、ジョルジョ・アガンベンという思想家の名前もよく聞く。著書によれば、両者に共通するのは「生政治」と「共同体」というテーマであるという。「生政治」とは耳慣れない言葉だが、「ゾーエー(自然的生)/ビオス(社会的生)」「生/死」「自然/テクノロジー」といった現代社会の難問を集約する言葉だと解説されればなるほどと思う。
 本書にはこれ以外にも数多くの思想家が紹介されている。エスポジト、ヴァッティモ、ナトーリ、ペルニオーラ……。
 この一見まったくなじみがないと思われる思想世界を紹介する著者の手さばきは見事だ。1960年代以降の思想運動の系譜を語り、政治、宗教、美学といった座標軸を示し、そこに位置づけてみせる。「否定」「弱さ」を特質とする現代イタリア思想が今、注目される理由が分かるような気がする。
「イタリア現代思想への招待」(岡田 温司 著・講談社・1500円)

 2冊目は「広島カープ昔話・裏話」(西本 恵 著・トーク出版・1429円)。広島カープの本拠地である広島市民球場は今季限りで51年の歴史に幕を下ろす。その市民球場が完成する前後の球団創設間もないカープの歴史を丹念に取材した労作。

 3冊目は「五輪ボイコット」(松瀬 学 著・新潮社・1500円)。28年前のモスクワ五輪、もし日本がボイコットしなければ、どんな結果が出ていただろうか。本書に登場する当時の代表選手、関係者の証言を読むとそんな思いに駆られる。

<この原稿は2008年7月30日付『日本経済新聞』夕刊に掲載されたものです>
◎バックナンバーはこちらから