収穫と課題を秤にかければ、針は後者の方に傾くのではないか。しかし、来年の夏に行なわれる南アW杯でベスト4を目指す日本代表にとって、それは決して悪いことではない。大切なのは、それをいかにしてクリアしていくかだ。

 9月上旬に行なわれた日本代表のオランダ遠征は一線級の国々と戦う貴重な機会として、その結果に注目が集まった。
 9日に行なわれたガーナ(世界ランキング35位)との試合で、日本は4−3の逆転勝ちを収めた。後半だけで4得点を挙げる大逆転劇に溜飲を下げたファンも多いだろう。だが、この4ゴールには明確な理由がある。
 アフリカ地区予選を勝ち抜いたばかりのガーナは明らかに疲れていた。なにしろ3日前に母国でW杯予選を戦い、2日前に空路、オランダに入ったばかりだった。
 日本が逆転につながる3得点をあげたのは後半23分から28分までの、わずか5分間。鮮やかといえば鮮やかだが、W杯の本番では絶対にこういうことは起こらない。なぜなら相手はリードを奪った時点で、守りを固めるか、パスを回しながら時間稼ぎをするからだ。

 現在の日本代表の実力を知るには、ガーナ戦に先立って行なわれたオランダ(世界ランキング3位)戦に目をやるべきだろう。
 気になるコメントがある。
「日本はゴール前20メートルまではいい攻撃をするが、そこから怖さがない。全く失点する気がしなかった」
 5日に日本と戦ったオランダ代表DFヨリス・マタイセンが試合後に残したコメントだ。
 残念ながらオランダ戦では、中盤でのパスこそつながるものの、ゴール前での決定的なチャンスを生み出すシーンは皆無だった。
 前半だけで6本のシュートを放ったが、オレンジ軍団をヒヤリとさせるシーンは1度もなし。マタイセンの指摘どおり、怖さは全くなかった。

 日本代表のアドバンテージといえば攻守の切り替えの速さと献身的なチームプレーだ。
 この基礎を築いたのは1992年に代表監督に就任したオランダ人のハンス・オフトだ。
 オフトは日本人の真面目な性格と協調性を高く評価していた。
 しかし、日本人の欠点を指摘することも忘れなかった。
「ディシジョン・スピードが足りない」
 シュートを打つ場面でも打てない。いたずらにパスを回し、時間を浪費する。この悪癖は17年の歳月が経った今でも未解決のままだ。

 では、なぜ日本に点取り屋が育たないのか。それは日本の組織の慣習とも無関係ではない。
 パス回しは一見すると、チームプレーのように映るが、実は結論の先送りに過ぎない。稟議書ばかりを回して、決定を下さない組織と一緒だ。
「“失点を恐れるな”と言っても、日本人はベンチばかり気にする。これでは難局は打開できない」
 オフトはこうも語っていた。
 もしかすると受験制度も、若者たちに悪しき影響を及ぼしているのかもしれない。
 受験でいい点数を取ろうとすれば、難しい問題は後回しにし、簡単な問題から手際よく解いていく必要がある。
 ゴールは難問だ。そこに固執すれば、時間はどんどん過ぎていく。それよりも簡単な問題、すなわちパスを回しておいた方が、目先の点数を稼ぐことができる――。
 こんな考え方では、いつまでたっても世界では通用しない。難問に敢えてチャレンジする選手を称える監督が必要である。点を取らなければ、勝ち点3には永遠に近付けないのだから。

 0対3で完敗したオランダ戦の後、岡田武史監督はこう言った。
「(前半のサッカーを)来年までに90分間持たせるようにしなければ、世界とは戦えない」
 エンジン全開で90分間プレスをかけまくるのは至難の業だ。
 これは陸上競技で最も過酷といわれる400メートルの選手に、ゴール後「あと200メートル走れ」と言っているようなものだ。
 今から心肺機能を強化するトレーニングに取り組んだとして、果たして来年の夏までに間に合うのか。
 仮に万難を排して「90分間持たせる」サッカーをやり切ったとしても、それは「負けないサッカー」の完成であって、W杯で勝ち点3を取れるサッカーではない。
 岡田監督がマニフェストに掲げる「ベスト4」を実現するためには、結局のところ、攻撃に磨きをかけるしかないのだ。
 本番まで、あと9カ月。岡田ジャパンに求められるのは勝ち点3を取るための方策だ。「負けないサッカー」から「勝つサッカー」への脱皮が求められる。

<この原稿は2009年10月6日号『経済界』に掲載されたものです>

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