多くのアスリートたちにとって、自らのトレーニングや試合などで年末年始はないに等しい。特に2月のバンクーバー五輪の出場権を確保するための戦いは今が佳境だ。女子アルペンスキーでバンクーバー行きの切符を目指し、ヨーロッパを転戦している星瑞枝選手、長谷川絵美選手(BLUE TAG所属)に現在の状況を取材した。
(写真:トリノに続き、2大会連続の五輪出場を狙う星選手 photo by Yoshio Takusagawa)
「春から練習してきて、GS(大回転)のフィーリングはだいぶ良くなっていると感じています。ただ、私はシーズン序盤はどうしてもスロースタートになってしまうところがある。例年と比べるといいのですが、まだまだエンジンがかかっていないですね」
 2大会連続の五輪出場を目指す星は、そう自らを冷静に分析した。新潟県出身の24歳である。まだ20歳だった4年前はヨーロッパカップ開幕戦の回転で9位入賞。「自分でもビックリ」の五輪切符を手にした。

 小学校5年生の時に開催された長野五輪以来、目標としてきた夢の舞台。その時は出場したことに満足していた。自分の力を100%出すことだけに集中して、迎えた本番。1本目は45秒35のタイムで30位につける。国際大会では上位30名に優先して2本目を滑る権利が与えられるため、星は2本目を1番手でスタートすることになった。
「大きな大会で上位30位に入ったのは初めてだったので、テンションが上がりましたね」
 アルペンスキーではコースが荒れていない前半に滑ったほうが有利だ。星は積極的にコースを攻め、順位を3つあげた。27位は日本人最高の成績だった。

「世界選手権には出ていたが全然、雰囲気が違った。ゴールが近づくにつれて周りの歓声がすごかったですね。あれで世界で戦うためのスタート台に立てたかな、という気持ちになりました」
 それから4年、星が滑ってきた道のりは決して平たんではなかった。06年には左ひざの前十字靭帯を損傷し、1シーズンを棒に振った。リハビリを経て、翌年に復帰したものの、結果ばかりを追い求め、満足のいくレースができなかった。

 ケガで苦しんだのは、初の五輪出場を狙う長谷川(写真)も同様だ。星と同じ新潟県出身の23歳は、ジュニアの全日本チームに選出された経験を持ち、女子アルペン界のホープとして期待されている。ところが、これまで遠征中の尾骨骨折や椎間板の故障に悩まされてきた。昨年11月にはスウェーデンでの大会中に転倒。右ひざの前十字靱帯を損傷した。スキー板を履いて練習を再開するまで、約半年の期間を要した。

 ケガから復帰した今シーズン、長谷川は11月28日のヨーロッパ杯(スウェーデン)での大回転で16位に入る。奇しくもそのコースは前年にひざを負傷した場所だった。「意外と恐怖感はなかったですよ」。1本目は10位に入り、本人もコーチも「(もっと上の順位に)行ける」と手応えを掴んだ。その後も12月4日のノルウェーでのヨーロッパ杯16位、16日のイタリアでの同杯は8位。まだ成績に波はあるが、大回転では五輪出場権にあと一歩のところまで迫っている。

 全日本スキー連盟は五輪選考基準を(1)W杯スターティングリスト30位以内に入ること、(2)W杯で30位以内かヨーロッパ杯で6位以内に入ることを掲げている。現在、日本代表チームは星、長谷川に加え、湯本浩美(天山リゾートクラブ)、花岡萌(アイザックスキークラブ)の4人で活動をしているが、まだ誰もこの基準には到達していない。逆にいえば、五輪切符の行方はこれからの滑りにかかっている。

「今まで結果を求めすぎて失敗した。五輪はあえて意識していません。練習でやってきたことをいかに出すかだけを考えています」
 星(写真)はレースに臨む上で、スタート台に立つまでの心の準備が最も大切だと語る。
「このところ常に感じているのですが、練習でも試合でもスタート台に“行ける”と思う時と、“行けない”と感じた時では滑りが全く違う。たとえば今季でも、板が外れて途中棄権になってしまいましたが、ソールデン(オーストリア)でのW杯大回転では、スタート台に立った瞬間、“行ける”と思いました。自分がスーパーサイヤ人になって(笑)、パワーアップしたような感覚でした。ところが、次のレビ(フィンランド)のW杯では、まったく“行ける”気にならなかった。体がガチガチで、まったく自分の動きができませんでした」

 世界で何年も戦っていた経験から、自分のレベルは客観的に分析できている。それだけに「練習でやってきたことをレースに出せれば、それなりの結果は出る」という確信がある。アルペンスキーではトップから上位30位までのタイム差は1本あたりでたった3秒程度。10分の1秒、いや100分の1秒の違いで大きく順位が変動する世界だ。ほんの少しミスが大きなタイムロスとなる。それだけにテクニックはもちろん、精神面のブレは結果を左右する。
 
 対する長谷川は五輪を強く意識する。最後は大舞台にかける想いの強い選手が出場権をつかむとみているからだ。
「最後までオリンピックに出るという気持ちを強く持ちたいですね。私は技術的には海外の選手や、他の日本の先輩と比べれば厳しい部分があると思います。でも行けないところではないと思っていますから」
 五輪の開催地となるバンクーバーには、まだ生まれてから行ったことがない。初めての場所で、これまでにない最高の滑りをしたい。それが長谷川の切なる願いだ。

 五輪代表の決定までは残りわずか。本番まで含めても、もう2カ月もない。
「ここまで例年以上のトレーニングを積んできた。あとは自分を信じることです。“自分はできる”と。これが一番難しいことですが」。
 そう語る星はバンクーバーという土地に不思議な縁を感じている。
「実は初めて国外のレースに出場したのが、今回アルペンの会場になっているウィスラー(バンクーバーの北にあるスキーリゾート地)。同じコースかどうかは分かりませんが、自分にとっては思い出の場所。導かれるものが必ずあると信じています」

 果たしてバンクーバーに鮮やかなシュプールを描くのは、誰になるのか。彼女たちは遠征拠点にしているスイスのインスブルックで勝負の年の幕開けを迎える。

(石田洋之)
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