いよいよバンクーバー冬季五輪まで、あと2週間に迫った。今月18日には日本選手団の結団式が都内のホテルで開催され、会場は本番さながらの熱気が漂っていた。各競技の代表選手もほぼ確定し、それぞれ最後の調整に入っている。「長野五輪のような活躍を期待している」と橋本聖子団長も気合十分だ。なかでも複数のメダル獲得を期待されているのがフィギュアスケートだ。今回はトリノ五輪の1枠から一気に3枠に増え、実力的にもメダルの可能性がより高くなった男子に注目したい。
 3枠の代表権を獲得したのは、トリノに続いて2大会連続出場となる高橋大輔(関西大大学院)、その高橋と4年前に1つの出場枠をかけて激しい争いの末に悔し涙を流し、今回その雪辱を果たした織田信成(関西大)、そしてグルノーブル五輪(1968年)フィギュアスケート男子シングル代表の父親をもつ小塚崇彦(トヨタ自動車)だ。

 バンクーバー冬季五輪フィギュアスケート監督となった財団法人日本スケート連盟・吉岡伸彦理事によれば、トリノ金メダリストで昨年現役復帰したエフゲニー・プルシェンコ(ロシア)を筆頭に、バンクーバーでのメダルは10人前後での激しい争いが展開されると予想されている。地元カナダのパトリック・チャン、トリノ銀メダリストのステファン・ランビエール(スイス)、昨シーズン世界王者のエバン・ライサチェク(米国)……。こうしたズラリと並ぶ有力者の中に高橋と織田の名前も挙がっている。そして実力的には小塚も十分に狙えるという。

 なかでも高橋に対するメダルへの期待は非常に高い。彼の最大の武器は、今や代名詞ともいえるステップだ。ディープなエッジにシャープな動きが加えられたパワフルでスピーディなステップは世界トップレベルを誇る。そのフットワークのよさは、ステップのプロであるアイスダンスの選手に「大輔がダンスの選手でないのは幸運だった」と言わしめたほどである。妖艶とも言われる表現力も国内選手では右に出る者はいない。さらにオリンピックを経験しているというのも、大きなアドバンテージとなる。

 吉岡理事も「色はともかく、メダルに近い選手であることは間違いない」と太鼓判を押す。吉岡理事がそう語る背景にはメンタル面における成長がある。高橋は2008年10月、練習中に右ヒザのじん帯を断裂。それまでスケート選手では現役復帰した例はなく、オリンピックどころか選手生命さえ危ぶまれた。しかし、周囲のサポートと自身の必死のリハビリで高橋は再びリンクに戻ってきた。そこにはケガをする以前よりも強い高橋がいた。

「もともと高橋はメンタルが弱い選手だったんです。10歳くらいの頃からフットワークの良さはピカイチでした。ジャンプもきちんと跳べていましたし、技術的には高いレベルにあったんです。ところが、人一倍メンタルが弱かった。10代の頃、全日本選手権でほぼ全てのジャンプをことごとく失敗したことがあったほどです。しかし、今の高橋はいい意味で自信に満ち溢れている。自らはっきりと『金メダルを狙います』と言えるくらいですからね。これはやはり大きなケガを乗り越えたことが大きく影響していると思います」(吉岡理事)
 今年24歳という年齢を考えれば、高橋にとってバンクーバーはオリンピックの集大成といってもいい。4年前の経験を糧に、世界の強豪たちとのメダル争いに挑む。

 その高橋とよきライバル関係を築き、日本の男子フィギュアスケート界を牽引しているのが織田だ。彼もオリンピック初出場ながらメダルの可能性は十分に期待できる。織田は高橋とは全く違う、独特な世界観をもっている選手だ。持ち前の明るさ、無邪気さで観客を自分の世界に引き込ませるのが得意だ。特にフリーでのチャップリンは吉岡理事も「彼のいいところがふんだんに表れていて非常に完成度が高い」と絶賛している。初のオリンピックだというのに、インタビューなどを受ける姿も非常に落ち着いており、いい精神状態を保っていることが伺い知れる。彼のよさはヒザの使い方が非常に柔らかいこと。フットワークはもちろん、ジャンプのランディングの際に、少々体勢が崩れても立て直すことができる。心身ともに高橋に全く劣っていない織田。間違いなく、メダル候補者の一人である。

 父親は元五輪の代表選手、母親も元フィギュアスケート選手と、まさにサラブレッドとして幼少時代から注目されてきたのが、フィギュアスケート日本男子最年少20歳の小塚だ。遊び場がリンクの上だった彼は、足裏の感覚が優れており、どのようにして氷上に乗れば、どんな滑りができるのか、スケートを熟知している。

 幼少時代から彼のスケートを見てきた吉岡理事は次のように語る。
「彼はオーソドックスなスケートをします。それこそ伝統的なフィギュアスケートのいいものを表現している。飾りが一切ないのは滑りだけでなく、彼の衣装にも表れています。着飾るのではなく、すっきりといいものを見せています。逆に飾りに助けてもらえないので、自分のスケートだけで勝負しなければならない。その分、ミスが目につきやすい。つまり、より高度なスケートをしているんです。もちろん、実力としてはメダル候補にありますよ。しかし、彼は3選手の中で一番若いのだから、結果より何より思いっきり、伸び伸びと演技してほしいと願っています」

 さて、彼ら日本人選手のライバルというと、まずはプルシェンコだ。昨春、本格的に現役復帰を果たし、しっかりとバンクーバーに照準を合わせてきた。先日の欧州選手権では圧巻の滑りで6度目の優勝。4年前同様、金メダル候補の筆頭として注目されている。2番手には、元世界チャンピオンのランビエールだ。今シーズン、ショートプログラム、フリーにそれぞれ4回転ジャンプを1本ずつ成功させており、プログラムの完成度を見ても間違いなく世界トップだ。

「現在の男子は、一昔以上に選手たちの実力が拮抗しており、競争率が激しい。しかし、そうした高いレベルでもまれながら、日本選手も実績を残してきた。だから、3選手ともに世界で十分戦える力をもっています」と吉岡理事。日本人男子としては初、そして複数のメダルを狙う。

(斎藤寿子)
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