「パロール・ドネ」というフランス語を直訳すれば、「与えられた言葉」あるいは「贈られた言葉」とでもなるのだろうか。もちろん、無理に日本語に訳すより原題の語感を生かすべく、訳者はこの訳題を選んだのだろう。
 レヴィ=ストロースは昨年、生誕100年を迎えた。構造主義を大成した人類学者であり、現代思想の礎を築いた思想家である。本書は高等研究院とコレージュ・ド・フランスで32年間行われた講義の報告書を1冊にまとめたものだ。その意味で現代思想の大家が学生や読者に「贈(ドネ)った」言葉である。
 訳者は「あとがき」で、この報告書を「なまなましい」と評している。レヴィ・ストロースの著作は堅牢な文体で書かれるのが常であり、往々にして手ごわい。しかし、本書は飾り気のない言葉で自分の思想を伝えている。換言すれば思想生成の現場のなまなましさを堪能できるということだ。
 1951年から82年まで、講義内容は多岐にわたる。膨大な数の種族が登場し、民族学的分析がほどこされる。親族とは、イエとは、神話とは、そして人間とは何か。読む者を根源的な思考にいざなう。
「パロール・ドネ」( クロード・レヴィ=ストロース著・中沢新一訳・講談社・2000円)

 2冊目は 「朝礼・スピーチに使える座右の銘77」( 文春文庫編集部著・文春文庫・533円)。「職場の朝礼で、懇親会の乾杯の挨拶で、あるいは結婚式のスピーチで何を話そうかと悩んでいる方にピッタリの一冊。偉人たちは皆、言葉の魔術師であった……。

 3冊目は「133キロ怪速球」( 山本昌著・ベースボール・マガジン社新書・762円)。中日のサウスポー山本昌は史上最年長で200勝に到達した投手である。ドラフト5位入団の雑草は、いかにして日本を代表する投手になり得たのか。

<1〜3冊目は2009年6月17日付『日本経済新聞』夕刊に掲載されたものです>


「失業対策で悪者に」との側面?

 4冊目は「大麻ヒステリー」( 武田邦彦著・光文社新書・740円) 。 何冊か著者の本を読んだことがある。「学問というのは社会の噂や迷信ではなく、一つひとつの事実を確認し、研究者自らがそれを判断することだ」という信念に基づく執筆スタイルが好きだ。今回のテーマは社会の敵、大麻だ。
 縄文時代以来、普通の作物と見なされていた大麻がGHQの指令によって「麻薬」とされたことをどれだけの日本人が知っているだろうか。当時のいきさつを知る元内閣法制局長官のこんな証言がある。「終戦後、わが国が占領下に置かれている当時、占領軍当局の指示で、大麻の栽培を制限するための法律を作れといわれたときは、私どもは、正直のところ異様な感じを受けたのである(後略)」。いわゆる米国からの押し付けの法律だったのだ。
 では、なぜ米国は大麻を禁止する法律をつくったのか。いくつか理由があるが、そのひとつは禁酒法との関係で解き明かされる。著者は1933年の禁酒法の撤廃から大麻課税法制定までの4年間に目をつける。酒を取り締まった捜査官の身分保障、すなわち「失業対策のために大麻を悪者にした」側面があったと主張する。目からウロコの一冊。

 5冊目は「バクチと自治体」( 三好円著・集英社新書・700円)。 戦後復興の財源として多大な貢献を果たした公営ギャンブルも、今ではどこも厳しい運営を迫られている。かつてのドル箱が赤字事業に転落した背景には何があったのか。

 6冊目は「走らんかい!」( 福本豊著・ベースボール・マガジン社新書・840円)。 野球の塁間は27.43メートル。著者は通算1065盗塁の日本記録を持つ文字通りの走り屋だ。日本の野球を変えた男の引退後、21年目の告白。

<4〜6冊目は2009年7月8日付『日本経済新聞』夕刊に掲載されたものです>
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