開幕2週目の4月13日――。ヤンキースタジアムで展開された「松井秀喜の帰還劇」はあまりにもドラマチックだった。
 エンジェルスのユニフォームを着て試合前のセレモニーに参加した松井が優勝リングを受け取ると、満員の観衆から盛大なスタンディングオベーション。さらにチームメートが駆け寄って、次々と熱い抱擁まで交わした。
「非常に感動した。おそらく一生忘れられない瞬間。幸せでした」
 試合後の会見で松井はそう語ったが、「一生忘れられない」のは現場でその光景を見届けたものにとっても同じ。この日のセレモニーはフランチャイズ史に残る名シーンとして、今後もニューヨークで語り継がれていくだろう。
(写真:エンジェルスに移籍した松井だが、未だにニューヨーカーに愛されている。※写真はヤンキース時代)
 これで松井の「ニューヨーク物語」は真の意味で終焉。ハリウッド映画ならエンドロールが流れてくるのだろうが、しかし現実はまだ続いていく。
 そして感動の光景から離れ、ふと我に帰ると、松井の新天地エンジェルスが開幕ダッシュに失敗したという事実にもすぐに気付かされる。4月15日の時点で3勝7敗。もちろんまだ「危機」などと呼ぶのは早過ぎるが、過去3年連続地区優勝を遂げてきた常勝チームにとって幸先の良いスタートとは当然言えない。

 エンジェルスを追いかけている記者に訊くと、不振の要因として「投手陣が崩壊気味」「新三塁手のブランドン・ウッドが打線にブレーキをかけてしまっている」といった要素を挙げてくれた。先発の一角であるアービン・サンタナ(防御率6.94)、ジョー・サウンダース(同7.36)、そしてウッド(30打数3安打)の成績を一瞥すれば、それらの見方が正しいことは明白。そして、それはそのまま開幕前から懸念されていた部分ではあった。
 昨季までエース格だったジョン・ラッキーがレッドソックス、4番打者のウラディミール・ゲレーロがレンジャーズ、さらに正三塁手だったチョーンス・フィギンスもマリナーズに移籍。キープレイヤーが3人もいなくなり、「やや戦力ダウン」というのが大方の見方だったのだ。

 それでも現時点でエンジェルスが激しい危機感を感じているかと言えば、そうでも無いようではある。「(開幕ダッシュ失敗は)残念だ。ただ30〜40試合こなした頃にまた訊きに来てくれよ。そこでもしもウチが2勝28敗とかだったら、僕も慌てているかもしれないけどね」
 13日の試合後にはトリイ・ハンターがそうコメント。そんなチームリーダーの態度が示すように、依然として楽観的な空気がチームを包んでいる。
 これまで結果が出ていないとはいえ、ジャレッド・ウィーバー、ジョエル・ピネイロ、スコット・カズミアら俊才が揃った先発陣の層は厚い。スコット・シールズの復帰、フェルナンド・ロドニーの加入でブルペンもパワーアップした。

 エンジェルスが投手陣を中心に依然として好バランスのロースターを誇っていることに変わりはなく、今後少しずつ浮上してくると見るのが妥当なのだろう。
「そもそもアリーグ西地区のレベルは決して高いとは言えない。エンジェルスがややレベルダウンしたのは確かだろうけど、それでもシーズン88勝くらいはできると思う。フィギンスの離脱は痛いが、ゲレーロの代わりに松井が加わったことはむしろアップグレード。おそらくレンジャーズとエンジェルスの優勝争いになって、やはり経験に勝るエンジェルスが抜け出すんじゃないかな」
「スポーツイラストレイテッド」誌のジョー・レミア記者もそう語っている。
(写真:ボビー・アブレイユも松井と同じくヤンキースからエンジェルスに移籍した。※写真はヤンキース時代)

 レミアが言及した通り、エンジェルスが逆襲を目論むなら、打線の核としての松井の役割は今後もかなり重要なものになりそうである。
 今季のエンジェルスの最初の2勝は、ともに松井が貴重な打点を挙げて得たもの。ヤンキース時代にたまに4番を務めた際には、単に「4番目の打者」という位置づけだった感もあった。しかしエンジェルスでは実際に「クリーンアップ(走者を還す)」の仕事が期待されている。
(写真:アナハイムでは松井の役割はより大きくなる)

 核弾頭としてエンジェルス野球の象徴的な存在だったフィギンスの不在は大きく、今季のエンジェルスが得点力に悩む姿を想像することは、実はそれほど難しくはない。ウッド、エリック・アイバーらの成長、ケンドリー・モラレス、ハンターの奮起など鍵となる要素は多いが、松井の貢献はもちろん不可欠な要素の1つ。レミアが「DHがゲレーロから松井に代わったのはアップグレード」と述べていた通り、エンジェルスの周囲の人々は松井の活躍を確定事項のように捉えている風にすら感じられた。

 だとすればなおさら、もしもシーズン中に松井が故障で長期離脱でもするか、あるいは極端な不振にでも陥ったりすれば、層が厚いとは言えない打線への影響は大きい。それこそ、楽観論など吹き飛ぶ事態になりかねないだろう。

 いずれにしても、ニューヨークを離れた松井が、やや下降線の強豪チームで再出発するというシナリオはある意味で非常に面白い。
 ヤンキース、レッドソックスなど東の列強と比べると小粒なエンジェルス打線を支えるべく、これまでのような繋ぎ役ではなく、今季はときに豪快な「真の主砲」としての働きが期待されることになる。そして煮え切らないスタートを切ったエンジェルスを牽引し、実際に上位に押し上げることができれば、松井の注目度と評判もさらに上昇するはずだ。
(写真:感動的なセレモニーは永遠に語り継がれていくだろう)

「僕はもうエンジェルスの一員ですから」
 ヤンキースとのシリーズ中も盛んにそう強調していた松井の「メジャー生活・第2章」に注目が集まる。
「ニューヨーク物語」が終わっても、野球選手としてのキャリアは終わらない。それどころか、渡米8年目にして、メジャーリーガーとしての松井の評価がさらに上がる可能性だって決してゼロではないのだ。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

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