あくまで個人的な基準だが「卑しい人」は嫌いだが「怪しい人」は大好きである。70年代、「カリスマ興行師」の康芳夫さんには本当に楽しませてもらった。同世代の人間を代表してお礼を申し上げたい。
 モハメド・アリを来日させたのも著者なら、オリバー君を呼んだのも著者である。日の目を見なかったがウガンダの独裁者アミン大統領とアントニオ猪木との奇想天外な一騎打ちも企画した。ネス湖でネッシーを探すために石原慎太郎を誘い出したのも著者だった。
 ところでオリバー君は猿だったのか人間だったのか?私との対談で著者はこう答えた。「女性のセクシーなポーズが載っている雑誌の写真を見せると、勃起(ぼっき)するんですよ。それだけ、人間並みに脳が発達していたという事でしょう」
 そもそも虚人とは何者なのか。著者は書く。〈虚業家にはロマンはないが、「虚人」にはロマンがある〉。公序良俗の中から決してロマンは生まれない。〈虚実皮膜の間にそびえるあやうい断崖(だんがい)をひたすら歩いてきた〉著者の生き様は、もうそれ自体がエンタ―エインメントである。次の仕掛けを待ちたい。
「虚人のすすめ」 ( 康芳夫著・集英社新書・700円)

 2冊目は「古田の方程式」( 古田敦也著・朝日新聞出版・1800円)。「眼鏡をかけた捕手は大成しない」。著者がそんな球界の常識を打破した裏には、独自の高い技術があった。ミットの構え方から盗塁阻止のコツまで目からウロコの1冊。

 3冊目は「近代政治の脱構築」( ロベルト・エスポジト著・講談社・1800円)。この現代イタリアを代表する政治哲学者の特徴は「免疫」という概念にある。それをカギにしてナチズムから9・11以後まで、現代政治の難問(アポリア)と切り結ぶ。岡田温司訳。

<1〜3冊目は2009年10 月28日付『日本経済新聞』夕刊に掲載されたものです>


「独学の巨星」思想を探る

 4冊目は「山田孝雄」( 滝浦真人著・講談社・1400円) 。 今の時代、山田孝雄(よしお)という名前になじみのある人は少ないだろう。戦前に名をなした国粋主義者で、戦後、公職追放された。
「山田文法」を提唱した国語学者で国文学にも造詣が深く、膨大な著作を残した。最終学歴が尋常中学一年修業であるため、しばしば「独学の巨星」とも呼ばれる……。
 本書では、その山田の思想を再発見しようと試みる。もちろん国粋主義を称揚しようというのではない。かといって国粋主義的言説は切り捨てるというのでもなく、その全体を見通そうとする。
 近代日本は、欧米にも通用する日本語文法を確立しようとした。それもまた、近代国家の仲間入りを果たすのに必要なことだったに違いない。
山田文法は「喚体/述体」という概念で有名だが、それは語の<かたち>よりも<はたらき>に注目する態度らしい。そこにおそらく、現代につながる山田思想の可能性があったはずなのだ。
 終章「国体と桜」がいい。山田は最後の連歌師であったという。そのことが現代へつながる可能性と過去の人となった現実を、ふたつながら示唆しているという粋な結末に読めた。

 5冊目は「若き友人たちへ」( 筑紫哲也著・集英社新書・720円)。 沖縄の米軍基地問題で民主党政権が揺れている。本書は著者の大学院での講義を元にした1冊だが、故人の沖縄論は、没後1年経った今も有効な視座を我々に示してくれる。

 6冊目は「スポーツビジネス・マジック」( 小林淑一著・電通・1600円)。 五輪憲章から「アマチュア」の文字が消えたのが74年。10年後の84年、民間主導のロス五輪は輝かしい成果をあげた。「歓声のマーケティング」の舞台裏を明かす。

<4〜6冊目は2009年11月18日付『日本経済新聞』夕刊に掲載されたものです>
◎バックナンバーはこちらから