全世界の注目を集めた「レブロンの夏」は、衝撃的なエンディングを迎えた。
 7月8日、ESPNにて1時間枠で生中継された「The Decision(決断)」というショーの中で、レブロン・ジェームスはマイアミ・ヒートへの移籍を発表。
 今オフにFAとなった「キング・ジェームス」の争奪戦は、誰も予想だにしなかった形でここに決着した。ドウェイン・ウェイド(ヒートに残留)、クリス・ボッシュ(ラプターズよりFA)と併せ、史上空前の「スリーキングス」がマイアミの地に降り立つことになったのである。
(写真:レブロンが選んだのなんとヒートだった)
 サラリーキャップを設けているNBAでは、3人のドル箱スターが同チームに入ろうと思えば、それぞれ割安の年俸で妥協しなければいけない。レブロン、ウェイド、ボッシュもそれを受け入れ、ファイナル制覇を成し遂げるために団結した。2006年に日本で行なわれた世界選手権で初めてチームメイトとなって以来、彼らはこのアイデアを温め続けていたというのだから驚くばかりである。

 いずれにしても、それぞれスーパースターの座をすでに確立し、それでいてすべてピークに近い20代の3人が、同じチームでプレーするインパクトは大きい。3年前にセルティックスに誕生したビッグスリー(レイ・アレン、ポール・ピアース、ケビン・ガーネット)も、マイアミのスーパートリオに比べれば軽く色褪せる。
 来季はレブロン、ウェイド、ボッシュの一挙一動に、尋常ではないほどの注目が集まるはず。NBAの話題を独占するどころか、伝説的ロックスターの全米ツアーのように、このリーグの範疇を越えるほどの騒ぎとなるだろう。そしてヒートが現時点で来季の優勝争いの有力候補に躍り出たことも、また紛れもない事実である。
(ウェイド(写真)とレブロンのコンビは多くのハイライトシーンを生み出すはず)

 ただ彼らがキャリアのこの時期に手を組むことに対し、好意的な意見ばかりではない。いやマイアミの人々を除き、全米の99%が「スリーキングス」に、特にレブロンに総スカン状態だと言ってよい。
 その根底にあるのは、この移籍劇をどう説明しようと、これまでまだ1度もファイナル制覇を成し遂げていないレブロンが、「楽な方法でそれを手にしようとしている」ように見えてしまっていることだ。

「(マイケル・)ジョーダンやコービー・ブライアントがこんな移籍を望むはずがない」「ライバルたちを打ち破って頂点にたどり着く気概はないのか」「自身が中心のチームで勝つことを諦め、オールスターチームに飛び乗った」「能力的には主役でも、メンタリティは脇役」……などと全米大手メディアは非難轟々。
 さらに「スポーツ・イラストレイテッド」誌のイアン・トムセン記者は、「こんな方法で初のタイトルを得ようとする選手は同じプレイヤーたちからのリスペクトも得られない」というある代理人の言葉を記し、レブロンが多くの現役選手たちからの尊敬も失ったことを示唆している。
(写真:全米のマスコミ報道の加熱ぶりもかなり凄いものがあった)

 もちろん、世論など勝つことによってすぐに変わるものではある。他ならぬコービーも、わずか3年前には「自身が中心では勝てない、フランチャイズビルダーにはなれない選手」というレッテルを貼られかけていた。ところがポウ・ガソルらの力も借りて、ここ2年、ファイナル連覇を飾ったことで、現在は「ジョーダンに最も近づいた存在」とまで目されるようになっている。

 似たようなことはレブロンにも起こりえる。どんな形であれヒートとの5年契約の間に3度ほど優勝を飾り、その後に他チームに移り、そこで絶対の大黒柱として、さらに2〜3度ファイナルを制すればどうだろう?
 そのときには、「ヒート移籍という安易な形をとったことで、コービーらと同格に語られる可能性は消えた」と決定づけた一部の者たちが、意見を完全に変えることだって十分に考えられる。今回の移籍の成否が真の判断されるのは、おそらく5年後、いやもしかしたら8〜10年は先になるのかもしれない。

 ただ……それらをすべて理解した上でも、筆者も今回の移籍劇にがっかりさせられたことを否定しない。
 自分に近いレベルの選手たちとスーパーチームを結成することに惹かれるのは理解できる。だが、それは30歳を過ぎたキャリア後半に実現させれば良かったのではないか? まずは自分個人の能力と統率力が、NBAの頂点に到達できるものであると証明してからでも良かったのではないか?
(写真:レブロンは自伝などでクリーブランドへの愛を盛んに強調していただけに、今回の選択は余計に衝撃的だった)

 いくら4年前からのプランだったとはいえ、ウェイド、ボッシュと2010年に組むことがレブロンの中で確定事項だったとは思わない。
 ライバルのコービーが順調に優勝リングを増やしていくことに焦りを感じた部分もあったのだろう。補強が思うように進まないキャブズの中で、たった1人で重圧を背負い続けることに疲れたのかもしれない。いずれにしても、7年も無冠だった末に今回の決断を下したのであれば、「諦めた」と評されても仕方ないだろう。そして、そう考えざるを得ないという事実が、本当に残念でならない。

 マイケル・ジョーダン以降、本格的にNBAを追いかけ始めた筆者の中で、レブロンに対する期待は大きかった。
 20代前半の若者が、信じられないような身体能力とスキルを誇示し、さらに希有なプロ意識まで備えていることに感嘆した。「レブロンは現代の理想のアスリート像を構築するかもしれない」とまで思ったこともある。

 その選手が、サポーティングキャストの力を引き上げ、苦難を乗り越え、故郷のチームであるキャブズをNBA王座に導く姿を目撃してみたかった。しかし2010年夏、そんなチャンスはおそらくは永遠に失われてしまった。
 何よりも、その事実が、心から残念でならないのだ。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

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