世界でもっとも大きなスポーツイベントは? 答えは先日まで大熱戦が繰り返されたサッカーワールドカップ。サッカーを普段見ないような人まで、ついつい試合を見てしまうほど不思議な魅力がある。約1カ月間、世界中の人々が酔いしれた。しかし、この祭典は4年に1度。毎年開催されるイベントの中で最大なのは、何といってもサイクルロードレースの頂点であるツール・ド・フランスだ。まだまだ日本ではメジャースポーツではないサイクルロードレースだが、ヨーロッパではサッカー、モータースポーツに続く人気競技。ツール期間中、毎日10億人が現場やTVでレースに釘付けとなる。
(写真:3週間にわたってレースは繰り広げられる)
 さすがに日本国内でもツール・ド・フランスの名前くらいは聞いたことのある方が増えてきたが、まだまだ中身が知られていないのが現状。ルールが少々複雑なところが最初のハードルを少々あげているのだろう。個人的にはあまり難しく考えることなく、綺麗なフランスの景色と選手たちの走りをBGV(バッククラウンドビデオ)的に見てもらうだけでも心地いいと思うのだが、せっかくなのでレースの見どころと、ここまでの流れをご紹介しよう。

 まず基本として、ロードレースは個人種目だが、チームスポーツであるということ。選手たちの成績は個人単位でも、選手は自分のために走るのではなく、チームのために走る。各9選手で構成されるチームにはエースと呼ばれる主力がおり、彼の個人成績を上げることが最大の目的だ。エース以外の選手(アシスト)はいかにエースを勝たせるかに全力を注ぐ。アシストと呼ばれる選手たちは、その過程でタイミングが合えば個人成績を狙うこともあるが、大前提として自分の順位よりエースを支える下働きに徹する。

 ツールは3週間にわたって走り続けるため、エースがトラブルに巻き込まれぬよう、また巻き込まれても最小限のダメージで切り抜けられるように助けるのも重要な仕事だ。つまり数々の自己犠牲によってエースの好成績は成り立っているのである。エースがいくら強くともアシスト陣が弱いとその勝利は難しくなるのだ。
(写真:毎日激しい争いが続く)

 今回の優勝候補は、昨年カムバックを遂げたランス・アームストロング(USA)、世界チャンピオンのカデル・エヴァンス(AUS)、昨年覇者のアルベルト・コンタドール(ESP)、期待の若手のフランク・シュレック、アンディ・シュレック(LUX)兄弟。もちろん、彼ら以外にも有力選手はいるが、あくまでも本命級の選手だけに絞らせてもらう。

 まず前半戦の石畳区間でフランク・シュレックが落車し骨折。あっけなく今年のツールを終えることになった。同じ日にランスもタイミングの悪いパンクでタイムを失い、やや後退。最初の1週間で優勝候補選手に大きな波乱が起きた。それも走力ではなく、落車やメカトラといった不意のトラブル。しかし、これらを3週間、上手く回避するのもさせるのもチームの仕事であり実力だ。「運が悪かった」と一言で終わらせるにはあまりにも背負っているものが大きすぎる。

 中盤戦に入ると、今度はアルプスでランスがブレーキ。予想外の出来事にメディアも観客も驚いたが、どうやらこの日の3回の落車が大きな原因になった模様。7連覇中にはなかったことだが、ランスも普通の選手になった表れなのか。本人は「僕の日ではなかった」と潔く負けを認め、優勝戦線から後退していった。さらにその後はエヴァンスが大ブレーキ。9日目に落車し、肘の骨折を押して走っていたのだが、厳しいステージには耐えられなかった。結局エヴァンスも優勝争いからは脱落。落車は、このために1年間準備していた選手たちから、あっという間に夢を奪っていく。

 残る優勝候補はアンディ・シュレックとコンタドール。この原稿を書いている時点では順当にこの2人が1、2位を占めている。まだツールは折り返しに来たばかりなので、これから何が起こるか分からない。2人の実力はもちろん、サポートするチームの力やリスク回避の戦略にも注目したいところだ。

 そして今回、もう一つの注目は新城幸也。5月のジロ・デ・イタリアも走った新城は、同年にジロとツールという2大レースに出場する日本人初の快挙を果たした。そしてツールを走りきると、ジロとのダブル完走という前人未到の記録を残す可能性もある。
(写真:チームのために働く新城幸也(中央))

 いや、彼の視野にはそんなものではなく、「ステージ優勝」という大きな目標があるはずだ。新城はチームのエースではないため、総合優勝が難しいのは前記のとおりだが、1日単位のステージ優勝の可能性を持っている。ステージ優勝もすべてのロードレーサーの憧れ。まさに夢のような世界の話である。しかし、彼はジロでも第5ステージで3位という走りを成し遂げ、「ツールのステージ優勝が夢ではなく目標」と言える数少ない選手になっている。歴史的瞬間を見届けることができるのか、我々も毎夜、熱くならずにはいられない。

 ツール・ド・フランスはいよいよ後半戦。
 サイクルロードレースに奇跡など起こらない。実力者が戦い続け、最後まで運を引き寄せ、不運を最小限に留めたものが勝者となるのだ。

 果たして7月25日、シャンゼリゼで笑うのは誰か!?

(写真・Yuzuru SUNADA)

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白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦している。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための新会社「株式会社アスロニア」の代表取締役に就任。『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)が発売中。
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