紀元前508年からおよそ180年間にわたって花開いた世界史にも稀有な民主政――それがアテネ民主政である。古代ギリシアの最盛期にあって、なぜアテネ民主政だけが安定的に持続することができたのか。本書の出発点はここにある。
 とはいえ、その内実はわれわれがよく知っている現代の民主主義とはだいぶ様子が違う。参政権を持つ成年男子3万〜4 万人による直接民主政なのである。官僚機構や政党などは存在せず、政治家をめざす市民は、他の多くの市民を説得してリーダーにならねばならない。そして公的な役職に就く者は、市民から厳しく行動を監視される。
 ここがポイントである。つまりいつでも誰でも政治家を弾劾裁判にかけることができたのだ。しかも「有罪になれば、ほとんどの場合、死刑になった」とか。厳しい。
 本書は単にアテネ民主政のしくみを説くものではない。8人の歴史に残る政治家に焦点をあて、人物史の体裁をとっている。人物本位の歴史書は読みやすい。それにしても死と背中合わせの緊張が政治の安定をもたらしたとは…。日本の政治家もちょっとはアテネの民主政に学ぶべきである。 「アテネ民主政」 ( 澤田典子著・講談社・1700円)

 2冊目は「失点」( 小楢正剛著・幻冬舎新書・740円)。 著者は「ゴールキーパーは受け身のポジション」であり、「失点はすべて自分の責任」と考える。760超の失点から彼は何を得たのか。その教訓はW杯で生かされるのか

 3冊目は「仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?」( 白戸太朗著・マガジンハウス・1400円。 スイム、バイク、ランと3種目をこなすトライアスロンでは心身のマネジメントが求められる。この競技を楽しむビジネスリーダーたちとともに、その魅力を紹介する。

<1〜3冊目は2010年6月16日付『日本経済新聞』夕刊に掲載されたものです>


ビジネスにも通じる教え

 4冊目は「野村の「監督ミーティング」」( 橋上秀樹著・日文新書・743円) 。 著者は東北楽天でヘッドコーチを務めるなど野村克也前監督の右腕と呼ばれた男である。地味ながら、その指導手腕には定評があった。
 現役時代、ヤクルトでの野村との出会いからして興味深い。ミーティングの席上、知将の呼び声高い野村から、いったいどんな高度な野球理論が飛び出すのかと期待に胸をふくらませていた。ところが来る日も来る日も話題は人生論や人生観。「人としてどのように生きるべきか」「人生とはいかなるものなのか」。これまで野球しかしてこなかった選手たちにとって、これは驚きであると同時に新鮮でもあった。
 また野村は選手たちにノートをとることの重要性を説いた。聞き流していては血にも肉にもならない。しっかり書き込むことで、選手たちは野村の教えをひとつひとつ理解するようになっていった。著者いわく「野球用具は忘れても、筆記用具は忘れるな」。当時のヤクルトが「野村学校」と呼ばれた所以である。
 本書はスポーツの現場のみならずビジネス社会においても貴重な示唆を与えることだろう。名将に仕えた参謀の書だけに説得力がある。

 5冊目は「デフレの正体」( 藻谷浩介著・角川oneテーマ21・724円)。 参院選で各党は成長戦略を掲げ、経済成長率の目標を示している。だが、それで日本経済は良くなるのか。問題の本質は別にあると著者は問いかける。

 6冊目は「終わりなき挑戦」( 吉田秀彦著・小学館・1200円)。 「人生ってギャンブル」。著者は私にそう語った。柔道、そして総合格闘技での闘いの日々を終えた今、次にすべてを賭ける対象は何か。勝負師としての炎はまだ消えていない。

<4〜6冊目は2010年7月7日付『日本経済新聞』夕刊に掲載されたものです>
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