二宮: 池田さんが「アルビレックス新潟」の社長に就任されてから、今年で何年になりますか?
池田: 1996年ですから、かれこれ15年近くなりますね。(現在は同チーム会長)
二宮: 倒産の危機にあったチームを池田さんは見事に立て直され、Jリーグの観客動員記録も更新された。さらに2003年にはJ1昇格も成し遂げられて、一連の出来事は「ニイガタの奇跡」と呼ばれましたね。その「奇跡」の舞台裏をお聞きしたいと思います。

二宮: アルビレックスの観客動員数は、いまどれくらいですか?
池田: 平均で3万500人くらいです。06年まではJリーグトップの動員数だったのですが、いまは(浦和)レッズに次いで2位ですね。「スカパー!(SKY PerfectTV!)のサッカー中継の利用者が新潟で急速に増えて、テレビで観戦するファンが増えたなど、落ちた要因はいくつかあります。まあ、トップでありつづけるというのは実に難しいですね。

二宮: ともあれ、アルビレックス新潟が抜きんでた成功例であることは、誰もが認めるところです。じつはアルビが誕生したころ、周囲のスポーツ関係者の間では、「絶対に成功しない」という見方が一般的でした。「新潟でJリーグチームをもつなんて無茶。雪国だし、スポーツが盛んな土地柄じゃないんだから」と言う人がたくさんいました。
池田: ええ。まず一つには、サッカーチームをもつには新潟市の人口自体が少なすぎるということがありました。そのうえ、サッカー人口も少なかったし、サッカーの技術レベルも低かった。マイナスの条件ばかりがあったのです。「成功しない」と予想された方が多かったのも、当然だと思います。

二宮: そうしたマイナス要素を覆して成功されたのは、やはり地域に根付いたからこそだと思うんです。私も微力ながら協力させてもらいましたが、Jリーグが「百年構想」を発表した際、「『地域に根差したスポーツクラブ』を核としたスポーツ文化の振興活動」という理念が掲げられました。また、Jリーグではチーム本拠地を「ホームタウン」と呼びますが、この呼び名には、“プロ野球でいう「フランチャイズ」とは違う”という意味合いがこめられています。「フランチャイズ」がまず営業権であるのに対し、ホームタウンには地域密着という意味合いのほうが強い。
 それに「フランチャイズ」というと、ファーストフード・チェーンなどを連想させて画一的な印象があるのに対し、「ホームタウン」はいわば手作り弁当みたいなもので、地域の色を出していこうという志向性が強い。そうしたJリーグの理念の成功例が、まさにアルビレックス新潟であったわけです。

二宮: アルビレックスを地域に根付かせることができた要因として、池田さんご自身はどんなことを挙げられますか?
池田: 私自身はまだ「根付かせることができた」とは思っていないんです。ヨーロッパの老舗サッカーチームなどは、それこそ100年以上の歴史があり、だからこそ本拠地と一体化しているわけです。それに比べたら、15年ではまだまだ歴史が浅すぎます。
 ただ、現在までのところまでの成功の要因というのであれば、一つは、若者に限らない幅広い年齢層のファンを作れたということです。「東北電力ビッグスワンスタジアム」(アルビレックスのホームスタジアム)にきてくれるファンの中には高齢者も多いし、子どもさんも多い。おじいちゃんとお孫さんが自転車できたり、何人かのお子さんを連れて徒歩できたり、まるでカルガモ親子の行進(笑)のように集ってくる姿は、いまや新潟市の風物詩となっています。

二宮: 池田さんはご著書で、「アルビレックスというチーム自体が、一つのお祭りだ」という趣旨のことを書かれています。アルビレックスの試合にもまさにお祭りのように地域の老若男女が集い、盛り上がっています。
池田: ええ。お祭りというのは、地域のみんながボランティアでやるものですよね。それこそ準備から後片付けまで。アルビレックスの試合にもそういう面があって、会場整備のボランティアもたくさんいらっしゃいます。たとえば、ビッグスワンができた当初は試合後に何トンものごみが出ましたが、いまはその10分の1しか出ません。サポーターの方たちが自主的に掃除をして、残ったごみも持ち帰ってくださるんです。

二宮: それは素晴らしいですね。僕はつねづね「スポーツは公共財だ」と言っていますが、アルビレックスはまさに新潟の公共財として機能している。地域のみんなでチームを支えている。それはサッカーに限らず、これからのプロスポーツの一つの理想像ではないかと思います。
 これまではとかく、プロスポーツチームはスポンサー企業のカラーばかりが前面に出ていました。じつはそれは日本と韓国と台湾にしかない傾向で、僕は「東アジア・スタンダード」と呼んでいます。たとえば、チームに企業名を冠するのは東アジアだけで、欧米などでは「レアル・マドリード」とか「ロサンゼルス・ドジャース」とか、土地の名前をクラブに冠しています。
池田: 東アジアでは企業を一つのファミリーとしてとらえる傾向が強いので、企業ファミリーの象徴としてスポーツチームがあったわけです。でも、企業主体だと、現在のような世界的な不況になったとき、あっさりと放り出されるリスクがあります。

二宮: スポーツチームが公共財である以上、簡単に放り出されたら困りますね。公共財は永続性ということが大事ですから。
池田: その点、地域主導型であるJリーグの場合は、経営が苦しくてもあっさりと放り出すわけにはいきません。だからこそ、苦境を乗り越えるためにあれこれ知恵を絞って、どのチームも歯を食いしばってがんばっていきますよ。うちにしても、赤字ではないですが、けっして楽ではありません。

<この原稿は2010年5月号『潮』に掲載されたものを再構成したものです>

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