今季、J1に昇格した柏レイソルが現在、リーグ戦の首位を走っている。過去、J2からの昇格1年目にJ1で優勝したクラブはない。そんな歴史的快挙に挑んでいる柏において、クラブ同様、急速なステップアップを果たしている選手がいる。酒井宏樹、21歳。右サイドバック(SB)としてここまで26試合に出場し、チームトップタイの7アシストをあげている。また、ロンドン五輪出場を目指すU-22日本代表でも右SBとして主力を担い、この10月にはA代表にも初召集された。
 ユース時代から酒井は“黄金世代”のひとりとして期待されていた。09年に柏ユースから工藤壮人らとともにトップチームへ昇格。1度に6選手がユースからトップチーム入りするのはクラブ史上初だった。ほかに島川俊郎(仙台)、指宿洋史(セビージャ)もユースの同期だ。しかし、酒井はプロの壁にぶち当たる。1年目の09年は、シーズンが始まってもベンチに入ることさえできない時期が続いた。

 ブラジルでのコンバートがきっかけ

 転機になったのはブラジルへの短期留学だ。同年6月、酒井はブラジルのモジミリンECへ短期留学する。このモジミリンで、それまでプレーしていた左SBから、現在のポジションである右SBへコンバートされたのだ。
「コンバートを受け入れた理由は、利き足が右なので、右サイドのほうがプレーしやすいと考えていたからです。加えて、ブラジルでは利き足が右なら右サイド、左であれば左サイドに選手を置きたがる。なので、ブラジルで右SBへコンバートされたことは必然だったと思います」
 酒井は右SB転向の経緯をこう振り返る。さらに、モジミリンのスタッフからはセンターバック(CB)への挑戦も打診された。

「ずっとSBだったので、CBに少し抵抗感もありました。しかし、せっかく留学に来たのだから、挑戦してみようと思ったんです。ブラジルにはいろいろなタイプの選手がいました。そういう選手たちと対峙することで、CBでのプレーも意外に楽しめたんです。駆け引きや1対1の対応など、ディフェンダーとして成長できたと思いますね」
 サッカー王国・ブラジルでの4カ月間、レベルの高い選手にもまれた経験は大きかった。

「留学に行くということは、その期間チームを離れるので、レイソルの中での僕への評価はゼロになる。なので、留学から帰ってきた時は、とにかく自分のプレーを出すことに集中していましたね。そういう意味では、留学して一番変わったことは自分に自信を持てるようになったことだと思います。自信がないと自分のプレーは出せませんから」

 そして、技術面でも本人も気づかぬうちに最大の武器をブラジルで習得していた。それは、今や彼の代名詞とも言える“高速クロス”だ。 現在、酒井の特徴を語るうえで、このクロスを抜きにすることはできない。
「クロスは本当に、感覚で上げているんです。“今ならいいボールが上げられる気がする”、“あの辺に上げたいな”というふうに。それに、味方に合わせるというより、DFがクリアしづらいクロスを心掛けているので、味方が合わせやすいと思っているのかはわかりません(笑)」

 酒井のクロスは弓で矢を射ったように直線的な軌道を描くかと思いきや、ゴール前で急激にボールがグンと落ち、味方にきれいに収まる。それに、速い。“高速クロス”の秘密は特徴的な蹴り方にあった。
「クロスボールを蹴る時は、足を開き気味にするんです。がに股って言うんですかね。僕の場合、この蹴り方でないと速いクロスを上げられない。ボールが斜めに回転するように強く擦り上げるんです」

 しかし、フィードボールなどクロス以外の蹴り方は、足を開かずに真っ直ぐ振り切る。ブラジルで “がに股クロス”を身につけたきっかけはどこにあったのか。
「ブラジルで右SBにコンバートされてからですかね……。実は正確にはわからないんです。特に蹴り方を変えたということもなく、自然に今の蹴り方になっていたので」

 J2経験がプラスに

 最大の武器を手土産に、酒井は09年11月に柏へと戻る。だが結局、その年は公式戦に出場することはなかった。加えて、柏がJ1で16位に沈み、J2降格の憂き目に遭う。

 ただ、翌年のJ2での1年間で、酒井は飛躍のきっかけをつかむことになる。
 第11節(5月5日)のヴァンフォーレ甲府戦でプロデビューを果たすと、その後、第19節(7月25日)のジェフ千葉戦で初スタメンを飾る。第32節(10月31日)の水戸ホーリーホック戦ではプロ初ゴールもあげた。結局、この年は天皇杯も合わせて公式戦12試合に出場、チームも1年でのJ1昇格を果たした。
「10年のシーズンがあったから今があるのかなと感じますね。ベンチからよく試合を見させてもらえたし、少し試合にも出してもらえた。さらにチームがJ2で優勝してJ1に昇格するところを見て、“もっと試合に出ないといけない”と思いました」
(写真:(c)KASHIWA REYSOL)

 迎えた今季、第7節大宮アルディージャ戦(4月23日)に先発しJ1デビューを果たすと、第8節甲府戦(4月29日)ではプロ初アシストを決めた。
 0−1とリードされて迎えた後半14分 右サイドを攻め上がり、パスを受けると、アーリークロス気味にボールを入れる。ボールは相手の2選手を越えてから高度を下げ、ニアサイドで待つ田中順也の頭にピタリと合った。
「いいボールが蹴れたと思います。アシストにもなったので、ここからクロスにすごくいいイメージを持てるようになりました」

 手応えを感じたクロスがもう1本ある。第10節の浦和戦(5月7日)だ。前半1分、酒井はピッチ中央右サイドでボールを受け、そこから前方にいた味方に縦パスを送る。そして、大きなストライドで右サイド前方のスペースへ走り出す。再び受けたボールをダイレクトでゴール前に送ると、これを北嶋秀朗がニアで合わせた。
「キタジ(北嶋)さんは、どんな難しいボールでも合わせてくれる感じがします。こういう選手がいてくれるから、思いきってクロスを上げられる。甲府戦と浦和戦でアシストできたことで、J1でも自分のプレーができるという手応えを得ましたね」

 ゴールを決めた北嶋は、酒井に自信が出てきたと感じている。
「もともと才能がすごくありますし、能力も高い選手です。ただ、どうしても自分に自信を持てていなかった。それが今季から試合に出続けて、結果も出している。いいプレーができていることで、少しずつ顔が上がってきた。自信の表れでしょう」
 
 プロ1年目のブラジル留学で、酒井は自らに合った自分のポジションと武器を手に入れた。そして2年目には試合経験を重ね、結果を残すことで徐々に自信を持てるようになった。
「今はチームも勝っているので、自分のプレーに自信を持てている。クロスに関しても、自信がないといいボールは蹴れないですからね」
 そして迎えた今季、今や酒井宏樹のクロスには、自信がみなぎっている。さらに自信を勝ち得ていった時、酒井はどのようなクロスを、その右足から解き放つのか。彼が右サイドを駆け上がる姿からますます目が離せない。

(後編につづく)

酒井宏樹(さかい・ひろき)プロフィール>
1990年4月12日、千葉県生まれ。柏マイティー、柏レイソルU−15、柏レイソルU−18を経て、2009年に柏のトップチームに昇格。1年目の途中にブラジルへ短期留学。09年は公式戦出場がなかったものの、柏がJ2の昨季、リーグ戦9試合に出場し、1得点。迎えた今シーズンは4月に初先発を果たすと、これまでに26試合で7アシストと活躍。右サイドバックとしてJ1初優勝を目指すクラブを支えている。また、ロンドン五輪を目指すU−22日本代表でも主力を担い、この10月にはA代表に初選出された。積極的な攻撃参加と、精度の高いクロスが武器。身長183cm、体重70kg。背番号4。

(鈴木友多)

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