酒井宏樹という選手が一気に全国区になったのは、6月に行われたロンドン五輪アジア2次予選だろう。U-22クウェート代表とのホーム&アウェー方式による最終予選進出を賭けた2連戦。酒井にとっても初めて日の丸をつけて臨む公式戦だった。そして、その2試合ともに、酒井は“ゴール”に絡んだ。
 痛恨の失点と値千金のゴール

 まず、ホームでの第1戦(6月19日)。「負ければ終わりでしたから、試合前はすごく緊張しましたね」と振り返るが、豊田スタジアムのピッチには、日本の右サイドを精力的に駆け上がる背番号4の姿があった。積極的な攻撃参加から繰り出す高速クロスは、相手を何度も脅かした。しかし、思わぬ落とし穴があった。

 日本が3対0とリードして迎えた後半23分、酒井は痛恨のミスを犯す。自陣右サイドでボールを持ったところで、相手のプレッシャーを受けボールを失った。その流れからクロスを上げられ、最後はゴール前のルーズボールを押し込まれた。もし2戦を終えて勝敗が並びかつ得失点差も同じ場合、アウェーゴールを多く奪っているチームが勝ち抜ける。試合はそのまま3−1で日本が勝利したものの、与えてはいけないアウェーゴールだった。

「試合を通してのプレーは良かったんですけどね。ボールもよく触っていました。ただ、失点に絡んでしまったので、2戦目は“やるしかない”と思いました」
 トータルでいいプレーをしても、一度のミスで責任を問われる、それがDFの宿命だ。ピッチでの失敗はピッチ上でしか取り戻せない。アウェーでの第2戦(6月23日)。前半21分、ピッチ中央付近からの浮き球に抜け出す。飛び出してきたGKと交錯する直前に、ループシュートでゴールに流し込んだ。汚名返上の先制弾だった。

 この後、日本はクウェートに2点を奪われて逆転負けを喫し、得失点差で何とか最終予選進出を決めた。酒井のゴールがなければトータルスコアは3−3となり、アウェーゴールの勝負で日本は2次予選で姿を消していた。翌日の紙面には、酒井のゴールを賞賛する文字が躍った。しかし、本人は冷静にこう振り返る。
「2戦目は1戦目と比べて、逆に良かったのはあの1点だけでした。他の80分ぐらいは、ずっと守っていましたし、シンプルなプレーしかしていなかった。1戦目のミスを取り返すというより、次(最終予選)に進みたい気持ちが強かったです」

 “大人”な選手を目指す

 今季、柏は序盤から首位争いを繰り広げてきた。第32節終了時点で2位に勝ち点差3をつけて首位をキープしている。
「若くして多くの試合に出られて、さらに優勝争いも体験できている。これは本当に幸せだと感じています。当然、プレッシャーもありますけど、楽しんでいるという気持ちのほうが強いですね。来年、またこういうチャンスがあるとは限らない。みんな今年が優勝できる最後のチャンスと思ってやっています」

 優勝を争うクラブゆえに対戦相手のマークは試合を追う毎にきつくなる。J1第27節(9月25日)の大宮アルディージャ戦では、「前半にいいクロスが1本蹴れただけ」と語るように、相手の厳しいチェックに合った。持ち味の攻撃参加を封じられ、チームも1−3で敗れた。
「大宮戦のように、厳しくケアされた時に、何人かで突破できるようにならないといけない」
 酒井は自らの課題を口にする。チームの先輩・北嶋秀朗も「パスを出せば突破できたという場面がこれまでもある。そこでもっと味方を使えるようになれば、さらにプレーの幅が広がって楽になると思いますね」と指摘している。
(写真:(c)KASHIWA REYSOL)

 この大宮戦では、代表とクラブをかけもちする難しさも味わった。
「僕は元々器用なタイプではないんです。だから、代表に行って、クラブに帰ってきてパッといいプレーができるかというとそうでもない。その前の練習からしっかり下準備をしていかないといい状態で試合に入れないんです」
 酒井は五輪最終予選のU-22マレーシア代表戦(9月21日)に出場していたため、クラブの練習に合流できたのは大宮戦の2日前だった。
「(大宮戦も)0−2で負けていて、後半に1点返してからやっと“行くぞ”という感じになってしまった。もっと前に、そういう気持ちにならないとダメですし、試合中にそういう切り替えができる選手が上のレベルへ行けるんだと思います」

 どんな状況でもよりよいパフォーマンスを見せ、結果を残せるのが真のプロフェッショナルである。切り替えがうまくできる選手を酒井は“大人”と表現する。
「レイソルではキタジ(北嶋)さんやタニ(大谷秀和)くんなどが大人な選手ですね。気持ちの切り換え時を分かっているので、冷静に試合の流れを見て対応している。レイソルが今季、一度も連敗していないのも、こういう大人な選手たちの存在が大きいと思います。負けた後に“次勝てば大丈夫!”と声を出して僕たちを切り替えさせてくれている。経験からくるものが大きいとは思いますけど、少しでも早く、成長しないとなと感じています」

 ロンドンからブラジルへ

 来年の五輪出場権を懸けたアジア最終予選は3月まで続く長丁場だ。酒井は2次予選に続いて、U-22代表に選出され、初戦のマレーシア戦でもフル出場。日本の白星スタートに貢献した。

 現在、世界で活躍し、日本代表の主力になっている選手たちには共通していることがある。長友佑都(インテル)、内田篤人(シャルケ)、本田圭佑(CSKAモスクワ)、香川真司(ドルトムント)、吉田麻也(VVVフェンロ)、岡崎慎司(シュツットガルト)――。彼らは皆、北京五輪に出場している。
 北京での結果はグループリーグ3戦全敗。長友は「世界の壁の厚さを思い知った」と語る。だが、「悔しさしかない。絶対、W杯に出て見返してやる」と自らを奮い立たせ、実際に南アフリカW杯出場、海外移籍と大きくステップアップを果たした。酒井も「五輪は成長できるチャンス」と考えている。

 クラブでの活躍、ロンドンでの成長。その先には長友のようにW杯出場、海外進出という新たな目標も視野に入ってくる。しかも14年のW杯開催地は、09年に留学し、右サイドバックに転向したブラジルだ。
「そういう意味でも行きたいという思いはあります。でも、いきなりA代表に上がることはありませんから、徐々にステップアップできればいいと思っています」

 とはいえ、もうA代表も酒井には遠い場所ではない。10月の代表戦(ベトナム戦、タジキスタン戦)では、ケガの清武弘嗣(C大阪)に代わって追加招集を受けた。A代表には8月の短期合宿に参加していたものの、今回は試合に臨むメンバーとしての選出。だが、2試合とも酒井に出場機会は巡ってこなかった。「根本的に、試合に出ている選手より、監督からの信頼を得られていない」。酒井はレギュラーメンバーとの差を認め、続けた。
「監督が起用したいと思う選手になるしかない。そのためには、もっとレイソルで結果を出し続けていくことが大切ですね」

 優勝争いを演じるクラブで主力を担い、ジャパンブルーに袖を通す選手に成長した。次は、世界を相手に勝負することができるか。来年の五輪はその試金石にもなる。
「A代表に選ばれたいという思いもありますけど、今は五輪出場権を得ることが一番の目標です」
 アジア最終予選で、ストレートに出場権が得られるのは各組1位のみ。さらなる飛躍を遂げるため、ロンドン行きの切符は譲れない。

(おわり)
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酒井宏樹(さかい・ひろき)プロフィール>
1990年4月12日、千葉県生まれ。柏マイティー、柏レイソルU−15、柏レイソルU−18を経て、2009年に柏のトップチームに昇格。1年目の途中にブラジルへ短期留学。09年は公式戦出場がなかったものの、柏がJ2の昨季、リーグ戦9試合に出場し、1得点。迎えた今シーズンは4月に初先発を果たすと、これまでに26試合で7アシストと活躍。右サイドバックとしてJ1初優勝を目指すクラブを支えている。また、ロンドン五輪を目指すU−22日本代表でも主力を担い、この10月にはA代表に初選出された。積極的な攻撃参加と、精度の高いクロスが武器。身長183cm、体重70kg。背番号4。

(鈴木友多)

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