今回は2011年に上梓されたサッカー関連の著作から読み応えのある3冊を紹介したい。1冊目は 「監督ザッケローニの本質」 (片野道郎、アントニオ・フィンコ著・光文社・1333円)。サッカー日本代表監督アルベルト・ザッケローニの実像に迫る好著だ。
 ザッケローニにはプロでのプレー経験がないことを話すと、サッカーに詳しくない人は一様に驚く。彼の前職はホテルの支配人だ。
 田舎町のユースクラブで指導者としてのキャリアをスタートさせ、1998-99シーズンにはイタリアを代表する名門ACミランをセリエA優勝に導く。野球にたとえていえば小さなクラブチームの指導者が、やがて巨人の監督になり日本一を達成するようなものだ。

 ザッケローニといえば代名詞は「3−4−3」のシステムだ。ウディネーゼを率いていた96-97シーズン、強豪ユベントス相手に開始早々、一発退場でDFをひとり失う。4−4−2の布陣ゆえ、普通ならFWを一枚落として新たにDFを入れ、4−4−1でしのぐところを、彼は3−4−2で戦った。結果は3−0の完勝。これが「3−4−3」採用のきっかけになったと言われている。

 そのあたりの経緯がこの本を読めば、手に取るようにわかる。18人の選手、指導者、クラブや協会幹部によるザッケローニに関する“聞き取り調査”は読み応え十分。知将の戦略をあぶり出すことに成功している。

 続いては 「サッカー代理人」 (ロベルト佃著・日文新書・743円)。サッカービジネスの実態を赤裸々に描いている。
サッカービジネスは代理人なくしては成立しない。だが彼らがどんな活動をしているかはあまり知られていない。
 著者は今をときめく長友佑都(インテル)や長谷部誠(ヴォルフスブルク)をクライアントに持つ敏腕代理人である。

 著者は6カ国語を自在に操る。日本語、スペイン語、イタリア語、ポルトガル語、フランス語、英語。しかし言葉が堪能であれば、誰でも務まるほど甘い仕事ではない。
 選手を発掘し、長所を見抜き、クラブに売り込む。その際、最も重要なのは情報収集力であり、交渉力であり、その前提となる人脈力である。

 契約書にサインしたからといって安心できないのがこの世界の怖いところ。著者によれば<イギリスとドイツに関しては、一度も、1日も支払いが遅れたことはない>。だが、こうした国はわずか。南欧のクラブでは支払い滞納など契約の不履行は日常茶飯事。精神的にタフでなければ、この仕事は務まらない。

 著者にはルーティンがある。交渉の90分前には角砂糖を食べる。脳に糖分を補給して脳細胞を活性化させるのだ。タフ・ネゴシエーターは1日にして成らず、だ。

 3冊目は 「ストライカーのつくり方」 (藤坂ガルシア千鶴著・講談社現代新書・740円)。強国アルゼンチンの育成システムの一端を明らかにする。
アルゼンチン・サッカーといえば、一昔前ならマラドーナ、現在はメッシか。日本流にいえば、あの動きは牛若丸。狭いスペースをすり抜けるスピードとスキル、そして正確なシュート。見ている側は溜息の連続だ。

 Jリーグの初代得点王もアルゼンチン人である。横浜マリノスに所属していたディアス。彼は左利きだった。93年6月のジェフ市原戦、GK加藤好男は彼の左足を警戒していた。ところがシュートを打つ瞬間、自分の左足の前をスルーさせて右足を使った。加藤が虚を突かれたのは言うまでもない。次の瞬間、ディアスは「キミの読みは外れたね」とでも言わんばかりにウインクしたという。これは加藤から聞いた実話だ。

 恐るべし、アルゼンチンFW。この国には「バビーフットボール」なるミニサイズのゲームがある。バビーとは「ベビー」のこと。5〜6歳の頃から、このゲームに親しむことにより、<密集を細かいパスやドリブルで抜いていくアルゼンチン選手特有のスタイルにつながっている>と著者は説く。メッシのプレーの源泉もここにある。

<この原稿は2011年の『日本経済新聞』夕刊に掲載された内容から抜粋し、再構成したものです>
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