二宮: 井上さんといえば、数々の“伝説”を持っていることでも有名です。たとえば高校時代、全日本選手権に出場した時のこと。説明会会場の講道館を武道館と場所を間違えてしまったとか(笑)。
井上: そんなこともありましたね(苦笑)。でも最近は指導者になりましたから、自覚を持って行動しています。こちらがしっかりしないと選手を叱れませんから(笑)。


 妻と義母を間違えた!?

二宮: アテネ五輪の後、ラジオ番組で金メダルを借りたら、僕に貸したまま置いて帰ろうとしたこともありましたね(笑)。でも井上さんの場合、集中力の高さゆえの欠落だと思うんです。目の前のことに没頭するあまり、他のことが頭から抜け落ちてしまう。
井上: そう言っていただけると助かります。ひとつのことにグッと集中しちゃうと、他のことが気にならなくなってしまう。妻には「いい方向にとらえ過ぎ」って叱られますけど(笑)。

二宮: 最近の失敗談は?
井上: ある選手が全日本合宿の時に必要書類を何度も忘れてきたので叱ったんです。その時に宿舎の部屋のカギを持ってこさせて、僕がその選手の部屋番号と名前や連絡先を宿舎に報告しました。すると後で、その選手から連絡が入りまして「先生、カギはどうされましたか?」と。「オレは知らないぞ……」と言って、ポケットに手を突っ込んだらカギが入っていた。そのままカギを持って帰ってしまったんですね(笑)。叱っていた手前、本当のことが言えなくて、「分かった。オレが何とかする」と話して、すぐに宿舎にお詫びの電話を入れました。「申し訳ございません」と。なかなか気をつけていても性格は変わりませんね(苦笑)。

二宮: お酒が入ると、失敗の度合いもエスカレートするのでは?
井上: はい(笑)。酔って自分の後輩の練習パートナーに電話した時のことです。「おい! 何やってんだよ!?」って言うと、「オマエ、どうしたんだ? 大丈夫か?」と返ってきた。後輩に“オマエ”と呼ばれたので、「先輩に何、タメ口利いてるんだ!」と怒ったんです。すると「オマエ、誰に電話してるのか、わかってんのか?」と。「××でしょう?」「そうだよ。確かにオレは××だよ」「××でしょ。何、言ってるんだ!」「××だけど、どの××に電話してんのか分かっているのか!」……。実は同じ苗字の10個上ぐらいの先輩に電話していたんです(笑)。

二宮: ハハハハ。私も似たような経験があります。キックボクサーの藤原敏男さんと、元南海の藤原満さんを間違えて電話してしまった……。
井上: ある時は妻に電話をかけていると思ったら、どうも電話口の様子がおかしい。いつもより口調が優しいなと感じていたら、妻のお母さんでした。「大丈夫?」と心配されましたよ(苦笑)。

 祖父が好んだ焼酎の牛乳割り

二宮: 今回はそば焼酎「雲海」を一緒に楽しんでいますが、好みの焼酎の飲み方は?
井上: 基本的には水割り、ソーダ割りです。あとはウーロン茶や緑茶で割って飲むこともあります。宮崎はお茶もおいしいので、温かいほうでも冷たいほうでも両方いけます。

二宮: お茶で割ると、すっきりして良さそうですね。
井上: 祖父は牛乳割りで飲んでいました。特に昔の芋焼酎は匂いにクセがあったので、牛乳を入れるとまろやかになったそうです。最初はビックリしましたけど、意外と合う飲み方かもしれませんね。

二宮: だいぶお酒も進んできました。そば焼酎「雲海」はいかがですか?
井上: 東京では家であまり飲まないので、焼酎を片手に話をしていると宮崎を思い出します。すっきりとしているので、お酒が弱い僕のようなタイプでも楽しめますね。

 イギリスは理詰めで教える

二宮: 引退後は2年間、イギリス留学も経験されました。柔道指導と語学を勉強されたとか。
井上: 素晴らしい時間をいただきました。イギリスに渡って、最初に感じたのが己の無知さですね。世界に出てみると、いろいろ知らないことがたくさんありました。

二宮: ヨーロッパの柔道といえばフランスやロシアが有名です。イギリスのレベルは?
井上: 確かにフランスなどと比べれば、さほど高くはありませんが、昔から日本との交流は盛んです。ヨーロッパで最初に柔道を普及した時の拠点はイギリスでした。約100年前、小泉軍治という方がロンドンに渡って武道会を設立した。この道場はヨーロッパ最古の柔道クラブと言われています。

二宮: では柔道を学ぶ人間は多いと?
井上: はい。道場でのマナーもきっちり指導されています。特にイングランドとスコットランドは柔道に熱心です。ナショナルチームも、ほぼイングランドとスコットランドの選手で構成されています。

二宮: 実際に指導して日本との違いはどのあたりに感じましたか?
井上: 日本人に指導する際には、だいたいのかたちを説明すればいい。たとえば「相手を引き出してバランスを崩して投げてください。では、どうぞ」と言えば、やってくれます。ところがイギリスではひとつひとつの動作について、なぜ、それを行うのか理論立てて説明する必要がある。話は「なぜ、相手を引き出さなくてはいけないのか」というところから始まります。「それは相手のバランスを崩すため。バランスが崩れれば投げやすくなります」と話すと納得してくれる。その上で、相手を引くためには、どのような組み手をするかという段階に入るんです。

二宮: 日本語でも言葉で細かく説明するのは難しい内容です。英語だとだいぶ苦労したでしょう?
井上: 大変でした。現地の先生方と相談しながら、なんとか理解してもらえました。ただ、ひとつひとつ理詰めで指導する分、飲み込みは早い。それに向こうの生徒は分からなければどんどん質問をしてきます。ここも日本とは異なる点です。日本だと「まずはやってみろ。できもしないのに質問するな」という教え方をされているケースも多くて、学生たちからはなかなか質問が出ない。でも、イギリスでは教える相手が金メダリストだろうと何だろうと、納得するまでは動かない。小さい頃から、そういう教育をされているんです。

二宮: なるほど。指導者として貴重な経験になりましたね。
井上: はい。イギリスで学んだことを生かしていきたいなと思いますね。帰国して日本人を指導していると、自分で考えて柔道をする学生が少なくなってきていることを痛感します。「やれ」と言われたらやりますけど、それ以上の広がりがない。伸びている子は73キロ級の中矢力にしても、ひとつ教えると2つ3つと自分で考えて身につけてくれるんですが……。

二宮: 最近は小さい頃からスポーツスクールに通うケースも増えています。スポーツは自分で考える前に教わるものだという意識になり過ぎているのかもしれません。
井上: そうですね。相手の技を見て盗む、感じて盗むといった力が落ちているような気がします。だから、東海大で指導している時には“考える力”を養おうと意識しています。ただ単に練習させるのではなく、休憩時間などを利用して、「なぜ、この技が有効なのか。どうしたら、うまく技がかけられるのか」を問いかけ、学生たちに考えさせるようにしていますね。もちろんヒントは与えますが、最初から答えは言わない。

 もう一度、基本の見直しを

二宮: 日本のお家芸である柔道復活のためには、考える力に加えて何が必要でしょう?
井上: 最終的には原点に返ることでしょうね。もっともっと基本を見直す必要がある。組み手ひとつにしてもそうです。たとえば重量級だと国内ではあまり大きい選手がいないので、組み止めてしまえば負けることはない。だから勝つことだけを優先して単に相手の両襟を持ってしまう。そんなラクな柔道で大学、社会人まで来ると、もう応用が効きません。当然、世界にはもっと大きな選手がいますから勝てなくなるんです。
 だから奥襟の持ち方から、もう一度、基本の技術をしっかり見つめてほしいと感じています。どこを持てば力が入るのか、どう持てば自分の手首が自由に使えるのか。基本への取り組みが、考える力を育てることにもつながるのではないかと強く感じています。

二宮: かつての外国人選手はフィジカルが強いだけでテクニックがありませんでした。だから、“柔よく剛を制す”という日本柔道の良さが通用した。ところが、最近は外国勢も技に磨きをかけています。柔道が発展して、ひとつの戦い方だけでは勝てなくなってきていますね。
井上: おっしゃる通りです。得意技がひとつあるだけではダメです。2つでもまだ足りない。技のバリエーションが豊富であることが世界で勝つための条件になっています。しかも思うような組み手にもさせてくれませんから「組まないと勝てない」というのでは始まりません。片手で技をかけながら組みに行ったり、組みにいくとみせかけて投げるといったコンビネーションが求められています。

二宮: その意味で、基本をしっかり習得した上での応用力を培う必要があると?
井上: まさに、そうです。どうするかは自分で考えないといけない。もちろん、基本のかたちは崩していけません。このバランスが難しいところです。

二宮: よく芸能の世界では「守破離」という言葉が使われます。まずは教えを守り、他のやり方を研究し、自らの方法論を構築せよ、と。
井上: 柔道も型を追求する以上、同じだと思います。

二宮: 井上さんは五輪金メダルという栄光も、挫折も両方経験しています。ぜひ日本のみならず、世界の柔道をリードする指導者になることを期待しています。
井上: おかげさまで、柔道からいい勉強をさせてもらっています。現役時代は練習も日々の生活もすべて勝つためにやってきました。それで勝った経験だけでなく、負けてしまったことからも多くを学びました。

二宮: 引退会見での「我が柔道人生に悔いなし」という発言が印象に残っています。今振り返っても、本当に悔いはありませんか?
井上: 悔いはありませんが、ひとつだけ時間を巻き戻せるならアテネ五輪をもう一度やり直したいですね。あの前日に戻りたい(笑)。

二宮: 私もアテネの会場でまさかの敗戦を目撃したひとりです。しかも敗者復活戦を含めて2度も一本負けを喫してしまった……。
井上: アテネでは自分の心のなかでちょっとしたスキやおごりがありました。だから、やり直したい。まぁ、それは無理な話なので、今後の人生にしっかりと生かしていきたいですね。

(おわり)

<井上康生(いのうえ・こうせい)プロフィール>
1978年5月15日、宮崎県出身。5歳のときに父・明氏の影響で柔道を始める。東海大相模高を経て、東海大時代の00年、シドニー五輪100キロ級で金メダルを獲得。99年、01年、03年と世界選手権100キロ級で3連覇を果たす。01〜03年の全日本選手権では3連覇(史上4人目)。04年アテネ五輪は4回戦で敗退し、その後、100キロ超級に転向する。08年北京五輪代表を逃し、現役引退を発表。同年から2年間、スコットランドに英語と柔道指導研究のため留学。帰国後、綜合警備保障を退職し、東海大学体育学部武道学科専任講師、同男子柔道部の副監督に就任。また全日本男子のコーチも務める。現役時代の得意技は内また、大外刈り。身長183センチ。五段。
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◎クイズ◎
 今回、井上康生さんと楽しんだお酒の名前は?

 お酒は20歳になってから。
 お酒は楽しく適量を。
 飲酒運転は絶対にやめましょう。
 妊娠中や授乳期の飲酒はお控えください。

(構成:石田洋之)
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