野球やサッカー、バスケットボールといった“動”のスポーツとは異なり、“静”のスポーツである射撃において、最大の敵はさまざまな“ズレ”である。ほんのわずかなズレが、勝敗を分ける重要なカギを握っているのだ。そして、その“ズレ”との戦いこそが、射撃の最大の魅力でもある。他のスポーツとはまるで違う競技性をもつ射撃とは――。刈谷洋一ヘッドコーチに聞いた。
(写真:ロンドンで初の金メダルを目指す田口亜希選手)

 4月14日、代表合宿が行なわれた静岡県藤枝市の射撃場を訪れた。朝のミーティング後、練習が始まると、静寂の中にライフルの乾いた銃声が鳴り響く。ロンドンパラリンピックでメダル獲得を目指す田口亜希は、フリーライフルに取り組んでいた。電光掲示板を見ると、満点を示す「10」が並んでいる。2時間近く経っても、スタートからの調子の良さは続いているように見えた。

 すると、午前練習の終盤、刈谷が田口に声をかけた。彼女はその言葉にうなづき、車椅子の座る姿勢を直した。実はほんのわずかだが、車椅子の座位からお尻がずれ、姿勢が変わっていたのだ。標的の中心にある10点満点の黒点は直径が0.5ミリ。ミクロの世界で戦う射撃において、そのわずかなズレが命取りになる。だが、ほとんど体幹の利かない田口には、その“ズレ”に気づくことが難しいという。それでも変わらず満点を連発することができるのは、生まれ持った視力の良さがあるからだ。しかし、それだけでは安定した射撃を長続きさせることはできない。

「同じ10点でも“視力の10点”と“姿勢の10点”とでは違うんです。射撃で重要なのは、全身の力を抜いた姿勢で撃つこと。その姿勢が少しでも変われば、パフォーマンスに影響が出てくる。それでも視力でカバーすることができる選手もいるんです。しかし、目に疲労が出てくると安定感がなくなる。“いつでも”“どこでも”“いつまでも”10点を取り続けるには、視力に頼らず、いかに姿勢を崩さずに撃てるかが重要です。とにかく、変化があってはいけないのが射撃というスポーツなんです」

 勝敗のカギを握る“ズレ”

 射撃は円の中心部の黒点に銃口の向きを合わせるわけだが、どんなに特訓した一流のアスリートでも、静止の状態は2秒にも満たないという。その一瞬のタイミングを逃さず、引き金を引く。しかし、重要なのは引き金を引いた瞬間の「撃発ポイント」よりも、撃発後の姿勢をさす「フォロースルー」だという。その理由を刈谷ヘッドコーチは次のように語る。

「引き金を引いた後、フォロースルーの部分でズレが生じているということは、それだけ構えた時に余分な力を入れているということなんです。というのも、引き金を引いた瞬間に、脱力の現象が起こることがあり、銃口がその方向に引き寄せられる。つまり、構えた時に力を入れた状態で引き金を引いた場合、撃発ポイントで合っていたはずの照準がフォロースルーの時には、ズレるんです。ですから、いかに力を抜いた状態の姿勢を保ち、撃発ポイントとフォロースルーの部分でのズレを小さくするかが重要となる。フォロースルーを見れば、どういうふうに力が入っているかが自分自身で把握でき、それを修正することができるんです」

 そして、もう一つ重要なのが、脳と目にはタイムラグがあるということを理解することだ。前述した通り、人間が静止できるのは長くても2秒だ。その静止状態の2秒間に引き金を引くわけだが、その際、「今だ」と思ってから引き金を引いていたのでは、すでに遅い。脳からの指令を待つ間のタイムラグが、ズレを生じさせているからだ。では、どうすればいいのか。

「ゲームでよく“ロックオン”と言うでしょう。敵に照準が合ったら、自動的にビームが発射される、あの状態をつくりたいんですよ。つまり、脳からの指令を待たずに、目で照準が合ったら、自動的に引き金を引く動作に入るんです。それができれば、満射を出すことができます」
そのロックオン状態をつくるには、反射神経よりも、リズムが重要だという。自らの銃口の動きのパターンを把握し、一定のリズムに乗ってしまうのだ。

 とはいえ、50メートル先の標的を狙うフリーライフルでは、それだけでは不十分だ。銃口から放たれた弾は、そのまま真っ直ぐに標的へと向かっていくわけではなく、空気抵抗と引力の影響を受け、徐々に落ちていく過程で標的に当たるからだ。さらに国際ルールで屋外での開催が義務付けられているため、風や光の影響も受ける。それらを全て計算した上で、標的を狙わなければいけないのだ。

 見た目には単純な動きの繰り返しに映る射撃だが、姿勢からの“ズレ”、撃発ポイントとフォロースルーとの“ズレ”、脳指令と視界との“ズレ”、そして自然から受ける影響による“ズレ”――さまざまな“ズレ”と複雑に絡み合う中で、シューターたちは勝負している。そして、その“ズレ”との勝負にこそ、射撃の魅力がある。

(斎藤寿子)

※「The Road to LONDON」はNPO法人STANDとの共同企画です。ロンドンパラリンピックに挑む2人の女性アスリートを描いたアスリートストーリー「メダルへの期待高まる2人の女性シューター」とフォトギャラリーはこちらから!

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