以前にも増して驚かされたのは日本という国と日本人を見る目の確かさである。
「日本は社会主義国家です。私も旧ユーゴという社会主義国家で育ち、生活をし、サッカーをしてきたため、日本人の考え方はよくわかります。個人よりも集団を強調するのが社会主義国家の特徴ですが、そうであればそこをベースにした指導をすればいいのです」
 我が意を得たり、と思った。おそらく日本は戦後、経済的に最も成功した社会主義国家だろう。官僚が計画を立て国家が執行者となる経済政策などは、社会主義国の統制経済そのものであり、「護送船団方式」などと呼ばれる「個」よりも「組織」が優先されるシステムはまさにその典型だった。
「そこにはいい面と悪い面があるのです」。ズデンコは再び話し始めた。

――日本で指導するにあたって意識したことは?
ベルデニック: 日本でいい仕事をするために、また、チームがいい結果を出すためにはそのチームの雰囲気が大事です。チーム内をいい雰囲気に保ち、トレーニングを行い、試合に臨むことが、大切な条件。いい雰囲気を作るためには、もちろん勝つことが一番。勝つためには、選手やチームへの批判も必要です。間違いをきっちりと指摘するためですが、その前には必ず誉める。
 また、個人への指摘は、全体の前ではなく、個人的な話し合いのなかで指摘します。そこで理解してもらい、かつ、全体の雰囲気をいい状態に保つ。これは、自分たちはいいサッカーができるんだということを確信しながらプレーしていくために必要なことです。
 今シーズン(2001年)最初に3連敗した時は、去年と同じ厳しいシーズンになるだろうなと思いましたが、その後、継続してやってきたことが開花し、今は自分が思っていた形になっています。ひとつひとつやってきたことが、複合的にうまく効果を生み出しています。

 ズデンコ・ベルデニックといえば、ゾーンプレスを日本に初めて持ち込んだ指導者としても知られている。横浜フリューゲルスのコーチ時代に用いたその戦術は、その後の日本サッカーの基盤となった。
「当時、ゾーンプレスはヨーロッパにおいてもモダンサッカーの1つでした。ACミランのアリゴ・サッキ監督のサッカーからアイデアを得て、私もそういうモダンなサッカーを日本で実践したいという目的を持って来日しました」

 だが、当時の日本にはゾーンプレスという概念そのものがなく、導入にあたっては否定的な声が多く聞かれた。「日本人はそこまで体力がない」などと言われたりもした。
「当時、選手たちはサッカーそのものについて自信を持っていませんでした。ゲーム中も、練習中でさえも、ひとつひとつのプレーに自信がなく、何をやっても曖昧になるところがありましたね。また、マンツーマンが浸透しすぎたせいか、スペースの意識がまったくなかった。だから、誰がどのゾーンに入ってきたときに受け渡せばいいのかという全体の視野、全体のゲームを読む力というものが欠けていました」

 その意識のギャップを、くり返しくり返し練習することによって埋めていった。当時の横浜フリューゲルスは固定した練習グラウンドを持たず、合宿で戦術を詰めていった。夜は酒好きの加茂周監督と日本酒をくみかわしながらサッカー談議にふけった。Jリーグ開幕前夜の話である。

――横浜フリューゲルス時代に比べると、日本のサッカー環境もずいぶん向上したと思われますが……。
ベルデニック: この10年間(※2001年当時)で、急激に発展しましたね。Jリーグもそうですし、代表チームのサッカーレベルも高くなっています。非常に高い技術をもった、しっかりと育成された選手がたくさん育っている。この選手の育成が、日本のサッカーのベースになっていると思います。

――ベルデニック監督は、日本人は普通の人でもストレスやプレッシャーを受けながら生活しているとおっしゃっていました。それはサッカーにおいても同じで、「集団化しなければならない」というプレッシャーを感じていて、それがプレーに出ていると。これは的確な日本人観ですね。私もそう感じます。
ベルデニック: 10年前と比べると、若い人たちはだいぶ変わってきましたね。その分、ちょっとリラックスしすぎているのか、ディシプリン(規律)がなさすぎる面もありますが……。
 やはり、日本人は、常にグループで行動する、また、何か問題が起こった際には全体で責任を取るという傾向があると思います。サッカーでも、チームとしてうまくいかなかったり失敗したとき、責任を分けたり転嫁したいという傾向がある。
 しかし、自分が責任を持って勝負しなければいけない状況というのは、サッカーのなかでもあるんです。そのときに、勇気を持って自立した判断をしてほしい。

――それは、とてもいいサジェスチョンですね。個人よりも集団が選ばれる日本の組織体の弱さと強さは何でしょうか。
ベルデニック: サッカーはチームスポーツですから、最終的にはそのチームのためにという気持ちが大事です。そういう意味では、日本人は簡単にその方向に向かってくれる。ただ、自分がシュートを外しても、決めても、責任を取るには自分だという責任感がない。どうしても、他人になすりつけるとか、パスしてしまうとか、そういうところがあると思います。

――なるほど。「責任を持ってシュートを決める」「責任を持って外す」とは興味深いですね。失敗したとしても自分の責任なんだと。では、それをどうすれば改善できるのか。個人個人の目的意識が大切だということでしょうか?
ベルデニック: そうですね。ですから、勇気を持ってチャレンジすることです。失敗しても、自発的に挑戦したのであれば改善できますから、その選手もどんどん成長していきます。
 例えば、シュートを打つときに自分が一番いい場所にいるのかという判断も大切ですね。隣の選手にパスを出したほうがゴールの確率が高かったにもかかわらずに、自分がシュートを打ってしまったら、それは戦術的な失敗。逆に、自分が一番いいポジションにいてシュートをはずしたのであれば、個人の技術の問題です。
 何を失敗したかによって、自分がどの判断を間違ったのか、何を改善すべきかということを考えなければいけません。試合中に戦術面の修正はできますが、技術的なミスを注意してもその場では何の改善にもならないわけです。

――それは試合後にチェックする?
ベルデニック: 試合直後の興奮状態に話しても良くない。だから、翌日なり、落ち着いたときに、「どういう点をミスしたか」を話します。

 ズデンコ・ベルデニックの出現によってジェフユナイテッド市原(現千葉)は生まれ変わった。第1ステージ2位、第2ステージ5位、総合3位。ジェフの変貌ぶりは、その順位にはっきりと表れていた。

<この原稿は2002年発売の『「超」一流の自己再生術』から抜粋・一部修正したものです>
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