世界最高峰の自転車レース「ツール・ド・フランス」は後半戦に突入した。今年で99回目を迎える大会は、6月30日にベルギーのリエージュをスタートし、22日のパリ・シャンゼリゼのゴールまで、23日間(2日の休息日を含む)で約3480キロを走り抜ける。第9ステージを終えて、個人総合では、ツール・ド・ロマンディなど今季の主要3レースを制しているブラッドリー・ウィギンズ(チームスカイ、英国)が総合首位に立っている。

「小さな一歩だけど、大きな一歩」

 前半戦のツールを振り返って、日本人にとって最もうれしいニュースだったのは、第4ステージでの新城幸也(チームヨーロッパカー)の敢闘賞獲得だろう。アブヴィルからルーアンまで英仏海峡沿いを走る214.5kmのコース、新城は序盤から先頭集団でレースを引っ張った。

 彼を含む3人のトップグループは一時、後続に8分以上の差をつける快走。レース中に新城は総合タイムで全選手のトップに立ち、暫定ながら日本人で初めてマイヨ・ジョーヌ(総合トップの選手に与えられる称号)になった。まだ世界との実力差が大きいサイクルロードレースで、日本からやってきた選手が、たとえわずかな時間とはいえ全体の1位になったのだから、これは快挙である。

 中間地点をトップ通過し、なおも新城はレースの主役だったが、残念ながら残り約7キロ弱のところで後ろのグループに吸収された。しかし、その力走は何度も中継で大映しになり、世界中に流された。最終順位は110位でも大集団でゴールに入ったためトップとはタイム差なし。レース終盤までの健闘が称えられての敢闘賞受賞だった。

 日本人が敢闘賞を獲得したのは3年前の別府史之(当時スキル・シマノ)に次いで2人目。ただし、別府は最終ステージでの受賞だったため、ステージ表彰がなく表彰台には上がれなかった。今回、表彰台に昇ったのは日本人初の栄誉となる。

 新城は09年にツール初出場。第2ステージで日本勢最高の5着に入るなど、初めての大舞台とは思えない走りをみせ、別府史之とともに全21ステージを完走した。当時は完走自体が日本人では初めてのことだった。
「月に一歩降りたような感じ。小さな一歩だけど、本当は大きな一歩」
 走り終えた新城の言葉は今も印象に残っている。

 ロンドン五輪への期待

 その小さな一歩を自信に新城は、前人未到の道を歩む。翌年5月のジロ・デ・イタリアでは第5ステージで先行逃げ切りから日本人最高の3位入賞。最終的には総合93位で完走すると、ツールも2年連続の出場を果たした。同じ年に2つのグランツールに出ること自体、日本人では初の出来事だった。このツールでは第11ステージでゴール前のスプリント勝負に絡むレースをみせ、6位に入っている。総合でも前年の129位から順位をあげ、112位だった。

 昨年は残念ながらツールの出場メンバーから漏れたものの、今年は2年ぶりの参戦。アップダウンの小さかった第2ステージでは、ゴールまで上位争いを展開し、15位に入っていた。敢闘賞受賞を示す赤ゼッケンをつけた第5ステージ以降は、なかなか持ち味の逃げを使える場面がなく、第9ステージ終了時で総合成績は121位。しかし、後半のレースでも日本のサイクルファンを沸かせる走りに期待したいところだ。

 また、新城は間もなく開幕するロンドン五輪のロードレースにも出場する。石垣島出身の新城は同島初のオリンピアンだ。南の島から飛び出した27歳は、ツールのフィニッシュ地点であるパリを駆け抜け、ロンドンでどんな風を巻き起こすのか。ツールに続く快走を楽しみにしたい。

 個人競技であり、団体競技 

 ツールはここから、文字通りの山場を迎える。第11ステージ(148キロ)はアルプス山脈の激しいアップダウンを走破する。そして第12ステージは今回のツールで最長の226キロを走り切らなくてはならない。しかも、コースの前半には2つの山越えが待ち構えている。当日は13日の金曜日。選手にとっては苦しい1日となりそうだ。
 
 第14ステージからは、いよいよ今回のハイライトとなるピレネー山脈でのレースが始まる。同ステージの終盤に待ち受けるペゲール峠は山頂付近の道幅が狭く、落車には充分な注意が必要だ。休養日を挟んで突入する第16ステージ、第17ステージは登っては下りての繰り返し。連日のレースで疲労が蓄積するなか、ピレネーの山々はさらなる試練を選手たちに与える。それゆえに第17ステージに山頂でフィニッシュした時の爽快感は走った者でしか分からないだろう。中継では選手たちの激走はもちろん、周囲に広がる美しい山並みも見どころのひとつになる。

 サイクルロードレースは個人の争いであると同時にチーム戦の要素を持つ。このツールは9名編成で全22チームが参加している。各チームともエースライダーを勝たせるべく、他の選手は基本的にサポート役に回るのだ。前を走って風除けの役割を務めることもあれば、エースのバイクがトラブルに巻き込まれた場合は、自らのバイクと交換して出遅れないように手助けをすることもある。万一、エースが落車してしまった時にはは、全員が協力し、列をなしてエースを引っ張り、再びトップ集団に戻す働きも見せる。

 またレースを支える裏方の仕事も見逃せない。選手たちと並んで走るサポートカーには、チームの監督はもちろんスタッフが乗り込み、レースの状況を伝えるだけでなく、飲み物が入ったボトルや栄養補給食を手渡す。平坦な場所であれば、選手たちは時速50キロ前後のスピードで駆け抜ける。そんななか、サポートカーの窓からスタッフが身を乗り出して選手に渡していく様は、それだけでも見応えがある。

 マシンの不調が発生したり、選手がケガを負った際には、サポートカーにバイクごとつかまって調整や治療を受けるケースも見受けられる。バイクと車が接近して走りながら作業をするのはとても困難なように思えるが、そこはお互い手慣れたもの。短時間で作業を完了させるスタッフの仕事ぶりは職人芸と言ってよい。そういったレースの周辺にも目を向けると、長時間のレース観戦も楽しみが増える。

 ツールはフランス人にとって年に1度の祭典である。五輪やサッカーW杯などに次ぐ、一大スポーツイベントと言っていいだろう。レース当日、選手たちが通過する前には、スポンサーの宣伝カーなどがコースを走り、沿道のファンにグッズなどを配って雰囲気を盛り上げる。パリ・シャンゼリゼ通りのゴール地点へと向かう道中では、選手にシャンパンがふるまわれ、長旅の完走を皆で祝う。選手とスタッフ、そして観客が一体となってつくりあげてきた大会はついに来年、記念の100回目を迎える。

 23日間のお祭りを最後に笑顔で締めくくるのは果たして誰になるか。クライマックスに向け、激しさを増してくるレースの行方をしかと見届けたい。
 
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