「軽量級のエース候補と期待している」
 10月に日本で初めての大会となる「K-1RISING WORLD GP FINAL 16」が開催される新生K-1。そのイベントプロデューサーを務める魔裟斗が熱い視線を送る選手がいる。梅野源治(PHOENIX)、23歳。ムエタイを始めて5年にして、既に4つのタイトルを獲得。本場タイの強豪を次々と倒し、フェザー級では日本人で初めてルンピニースタジアムのランキングに名を連ねた。タイの国技とも言える同競技で頂点を狙える逸材である。今回、梅野はK-1初参戦が決まった。
「過去最高の日本人キックボクサー」

「今まで観てきた中で日本人最高のキックボクサー」
 所属するジムの会長を務める加藤督朗はそう断言する。自身も現役時代は“スネーク加藤”の愛称でWPMF世界ウェルター級王座に就いているが、その彼をして「僕とは比べものにはならない」と言わしめる。
「僕たちがやってきたのはムエタイといっても、単にマネをしているだけ。だからタイに行ったら、全く相手になりません。ところが梅野は本場の選手と同じ土俵で戦える。それがこれまでの日本人との大きな違いです」

 見た目は目鼻立ちがくっきりしたモデル風。ところが、ひとたびリングに上がると飢えた“野獣”に変貌を遂げる。鋭い眼光で相手を見据え、声を発しながら、素早く、かつ強烈なパンチとキックを打ち込む。取材日の練習を見学させてもらったが、サンドバックやトレーナーのミットに「バシッ」「バシッ」と鋭い音が響き渡るたびに身震いがしそうになった。

 打撃系の格闘技で最も大事なのは“距離感”だと言われる。相手に打たせず、いかに自分が打てる位置に身を置くか。梅野の試合を観ていると、その“距離感”に優れていることが分かる。
「身長は高い(178センチ)ので、わざわざ近くにいる必要はない。パンチならこの距離、キックならこの距離という自分の感覚は日頃の練習でつかめているので、どうやって、そこに入るかは考えながらやっていますね」
 サラッと答えているものの、“距離感”をつかむのは決して容易なことではない。これを持ち合わせていない並の選手は、だから簡単にパンチやキックを喰らい、マットに沈む。
 
 梅野のムエタイにまつわるセンスの良さやクレバーさは誰もが認めるところだ。「冷静に相手を見ている上に身体能力が高い。だから相手の攻撃はかわせるし、的確に当てられる。ペトロシアンみたいなヤツですよ」と加藤は評する。ジョルジオ・ペトロシアン(アルメニア)といえば、K-1 WORLD MAXを史上初めて連覇した最強ファイターのひとり。77戦でわずか1敗と安定した強さを誇る。

 急成長の理由は度胸と豊富な練習量

 小学生の頃から格闘技が好きだった。とはいえ、空手などの経験は皆無だ。この世界に入ったのは19歳になる年だった。「体型的に総合はゴツいイメージがあるので、ボクシングかキックボクシングかなと。その中でもパンチだけじゃなくて、ヒジとかヒザとか使えた方がおもしろい」とPHOENIXジムの門を叩いた。とはいえ、いくら格闘技好きでも観るのとやるのとでは大違いだ。
「パンチの打ち方とか、蹴りも細かなテクニックがあって思ったより難しいなと感じましたね」
 受け入れた加藤も「生意気そうなガキだなという程度。すぐヤメるだろうと思っていました」と明かすほど、最初はたいして目立つ存在ではなかった。

 だが――。
「ディフェンスもロクに教えていないのに、プロ選手とスパーリングをして、どんどん立ち向かっていく。本気でやっても、かなうわけがないのに……。いい度胸をしているヤツだなと感心したんです」
 加藤が呆れるほど、梅野は負けん気が強かった。「やるからにはナンバーワンになる」。その一心で練習にもまじめに取り組んだ。それまで何の下地がなかった分、加藤やジムのタイ人トレーナーの指導を乾いたスポンジのごとく吸収し、みるみるうちに急成長を遂げた。

 アマチュアでの1試合を経て、ジム入会から8カ月でプロデビュー。破竹の9連勝を飾った。デビュー直後のタイでの出来事を加藤は忘れていない。
「ムエタイバーで試合をして、いきなりタイ人に勝っちゃったんです。コイツは可能性があると確信しましたね」
 そして梅野に向かって、こう言った。
「オマエはすごいキックボクサーになれる!」
 
 予言は現実のものになりつつある。デビューから3年目の2010年には初黒星を喫したものの、その年の10月にはWPMF日本スーパーバンタム級のベルトを巻く。以降の2戦でいずれもタイトルマッチを闘い、WBCムエタイ日本スーパーバンタム級、M-1フェザー級のタイトルを立て続けに手にした。昨年はタイの現役ランカーに対して3連続KO勝ち。なかでもムエタイMVPの実績を誇るウティデート・ルークプラバートをヒジ打ちでリング上に仰向けにさせた一戦(9月11日、ディファ有明)は、「日本に梅野あり」と強くアピールする勝利だった。

「どんなルールでも一番を証明したい」

 夢は当然のことながら、タイでチャンピオンになり、正真正銘の強い男として認められること。そんな彼が、今回、日本でのK-1挑戦を決断したのはなぜなのか。
「今までの日本人だとムエタイスタイルからK-1のリングに上がって、あまり勝った選手がいない。もし今のまま僕がムエタイのチャンピオンになって、いくら強くても世間からは認められないでしょう。どんなルールであっても一番であることを証明したい。それを分かりやすく伝える上ではメジャーな舞台だと感じたんです」

 ムエタイとK-1ではルールが違う。ムエタイではヒジ打ちや、首を両手でつかむ、いわゆる首相撲からの攻防にも醍醐味があるが、K-1ではそれらが禁じられている。これまでムエタイから流れてきた多くの日本人選手たちは、その縛りに対応しきれず、結果を出せないでいた。
「でも、それははっきり言って、ただ単にその選手のレベルが低いってことだと思いますよ」
 過去の前例からK-1ルールへの適応を不安視する声を、梅野はバッサリと一蹴した。

「別に寝技をやれと言われているわけじゃない。立ち技は立ち技なんで。そのなかでヒジと首相撲が禁止されただけだから、他の技で勝てばいい話でしょう。そういう練習を今までもやってきたんで全く不安はないです」
 試合に向けてはパンチの強化に力を入れている。ムエタイスタイルでは距離が近づいた際に、どうしても相手と組もうとしがちだ。パンチのテクニックを向上させることで接近戦でも有効打を当てられれば優位に立てる。それはK-1対策のみならず、ムエタイで戦う上でもプラスになると感じている。

 注目度の高いK-1を通じて有名になり、ムエタイでも実力を高く評価される――。それが梅野の描く理想像である。K-1での次戦は名も実も両方兼ね備えた存在になるための第一歩なのだ。
「本当の強さを身につけたい。本物のチャンピオンになりたいんです」
 そう言った梅野の目は、リング上と同じくらい鋭かった。10月14日、両国国技館。日本の格闘界に現れた新しいスターを目に焼き付けておいて損はない。

(後編につづく)

梅野源治(うめの・げんじ)プロフィール>
1988年12月13日、東京都生まれ。PHOENIX所属。07年11月にプロデビュー。10年7月にWPMF日本スーパーバンタム級王座を獲得したのを皮切りに、WBCムエタイ日本同級王座、M-1フェザー級王座と4カ月の間に3つのタイトルを獲得。11年9月には08年のムエタイ最優秀選手、ウティデート・ルークプラバートに4RKO勝ちを収めるなど、ムエタイの本場タイの強豪を次々と撃破。日本人で初めてルンピニースタジアムのフェザー級ランカーとなる。同年11月にはWPMF世界スーパーフェザー級王者に。この10月にはK-1へ初参戦。戦績は23戦21勝(10KO)2敗。178センチ。
>>オフィシャルブログ

K-1 Global
「K-1RISING WORLD GP FINAL 16」

2012年10月14日(日)東京・両国国技館
開場15:30 開始16:30(予定)
<チケット料金>
SRS席:30,000円
SS席(マス席):30,000円(1マス単位の販売=最大4名まで)
S席:10,000円 
A席:5,000円
>>チケット問合せはこちら

(石田洋之)
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