プロ野球シーズンの掉尾を飾る日本シリーズが、27日から始まった。巨人が勝てば3年ぶり、北海道日本ハムが勝てば6年ぶりの日本一だ。
 さて今年のシリーズには、ある特徴がある。知将・野村克也の門下生とでもいうべき首脳陣が、両チームでかなりの数を占めているのだ。

 まず巨人。秦真司バッテリーコーチ、橋上秀樹戦略コーチ、荒井幸雄2軍打撃コーチ、野村克則2軍バッテリーコーチ、田畑一也、河本育之両2軍投手コーチ。続いて日本ハム。栗山英樹監督、吉井理人投手コーチ、三木肇内野守備コーチ。コーチではないがベテランの稲葉篤紀もヤクルト時代に野村の薫陶を得た。

 中でも巨人の橋上は、野村から最も影響を受けた愛弟子のひとり。今季、セ・リーグの2冠王に輝いた阿部慎之助に「ストライクを見逃す勇気を持て」と進言したのも橋上だ。リーグ優勝翌日のスポーツ報知に阿部は<これまでだったら、三振をしたくないから振りにいっていた。でも「三振をしてもいいんだな」って思えるようになり、余裕が生まれた>との手記を寄せている。

 ストライクを見逃しての三振は、普通なら御法度である。ところが野村は違った。野村を師と仰ぐ山武司(中日)は楽天時代、こう話していた。「たとえば1回もバットを振らずに3球三振に倒れたとする。でも“全部真っすぐを待っていたんだけど、3球ともカーブが来た”ときちんと話せば、野村さんは怒らなかった。要するに失敗の根拠さえ、はっきりしていればいいんです。それは次につながりますから…」

 本書(小学館文庫)は、いわば勝利のための虎の巻である。息子・克則がコーチになった時、指導に困らないようにと書き留めておいたのだと本人から聞いたことがある。本書がベストセラーになったことで、この後、野村本は雨後の筍のように出版されたが、これを超えるものはないというのが私の率直な感想だ。

 リーダー論も秀逸だ。「中心なき組織は機能しない」。野村の有名な言葉である。ヤクルト時代、栗山は野村に重用されず、不遇をかこった時期もある。それでも栗山の選手起用には、野村の思考が色濃く反映されている。その典型が4番の中田翔だろう。不振の時期も栗山は我慢して中田を4番で使い続けた。「ふと気がつくと、野村さんの教えが無意識のうちに自分の中に入っているように感じる時があるんですよ」。苦笑を浮かべて栗山は語っていた。

 財を残すは下なり、名を残すは中なり、人を残すは上なり。これは野村の口ぐせだが、確かに野村は数多くの優秀な人材を育て上げた。門下生たちが知略を競い合うこのシリーズを、どう見ているであろう。「野村ノート」(野村克也著・小学館文庫)

<上記は2012年10月31日付『日本経済新聞』夕刊に掲載されたものです>
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