今年1月10日、全国大学ラグビー選手権決勝で帝京大学が東海大学を下し、創部40年目にして悲願の初優勝を果たした。チームを日本一へと導いたのは就任14年目の岩出雅之監督だ。昨年は初めて進出した決勝で早稲田大学に敗れ、悔し涙をのんだ。その苦い経験をいかし、どのようにしてチームをまとめあげたのか。当サイト編集長の二宮清純が、その真相に迫った。
二宮: 改めて初優勝、おめでとうござます。就任されて14年目で日本一になったわけですが、振り返ってみていかがですか?
岩出: 私自身は14年という歳月は長かったとか苦しかったとは思いませんが、実際は長いですよね。特に結果が出るまでの10年間というのは長かった。礎を一つ一つ積み上げてきて、それがここ4年くらいでようやく結果としてあらわれてきました。そういう意味でこの優勝は、これからの大きな躍進につながるものだと思っています。

二宮: 昨年は決勝で早稲田大学に敗れました。今年はその経験が十分にいかされたのでは?
岩出: そうですね。今回の決勝戦前日、選手たちに3つのポイントを挙げました。そのひとつは、昨年の決勝の反省を踏まえてのことだったのですが、自分自身にパーフェクトを求めないこと。全てのプレーに完璧を求めてしまうと、たとえ98点や99点のプレーでも満足できない。そうすると、欲求不満になってしまって精神的な消耗が激しくなるんです。練習や準備の段階で、パーフェクトを求めることは重要ですが、特に大きなゲームで求めすぎてしまうと、自分たちにとってはマイナス要素になってしまう。
 というのも、精神的な消耗は体力的な部分にも影響を与えます。そうすると持ち味を出し切れずに体力までも消耗してしまうんです。だから、試合ではたとえ70点、80点のプレーでも前向きにとらえて、喜びをもちながらやっていこうよ、と学生には言いました。

二宮: これまでは100%を求めすぎていたと。
岩出: 昨年の決勝戦はそうだったと思います。選手権の前の対抗戦で早稲田に勝っていただけに、無意識のうちに自分たちに求める基準が高くなってしまっていたんですね。例えばスクラム。対抗戦でも自分たちが押している部分もあれば、早稲田に押されている部分もあった。ところが、勝っているもんだから、いいイメージがあるんですね。それで選手権でも同じような展開になっているのに、過信まではいかなくても自信を身につけたことで、さらに高いものを求めようとしたんです。一方、負けたほうの相手というのは、今度は反省を踏まえてパーフェクトうんぬんは考えずに、とにかくひたむきに向かってくるものです。昨年の選手権の決勝戦ではそれが敗因になったのではないかと。

二宮: 昨年の雪辱を果たしたということで、特に悔しい思いをした4年生は嬉しかったでしょうね。
岩出: はい。ただ、昨年の敗戦の悔しさが今年の優勝につながったというわけではないと思っています。大切なのはチームスローガンにもあるように「エンジョイすること」。そして自分自身を高めていこうという意識を持てるかどうかです。ただ、あの悔しさが苦しいときの支えにはなったと思います。

二宮: 監督自身、優勝のホイッスルをきいた瞬間はどんな思いだったのですか?
岩出: 最後は相手のペナルティだったのですが、タッチキックしたのは見ていないんです。ペナルティの笛が鳴った次の瞬間にはもう学長と握手をしていました(笑)。学長はまだ終わっていると思っていなかったので、「えっ!?」という感じでしたけど……。

二宮: 特別な感情が湧き出したりは?
岩出: それはなかったですね。友人や周りの人は「優勝インタビューを見て、感動したよ」なんて言ってくれたんですけど、自分自身は平常心でした。でも、試合後の祝勝会ではちょっと涙が込み上げてきましたね。というのも、ウイングの一人が最後の最後にいいプレーをしたんですね。その学生、入部した頃はちょっとやんちゃで、母親とも電話で話をしたりしたこともあったんです。その子が今年1年間でまるで別人のように成長したんです。練習も誰かに見られているからとかではなくて、ひたむきにやっていたんですよ。祝勝会でその子の両親と話をしている内に、お互いにこれまでのことを思い出しちゃって……。優勝したことよりも、学生が成長してくれたことの方が嬉しかったですね。

二宮: 大学の監督というのは学生の成長もまた喜びですよね。
岩出: はい。選手たちが試合中に心の充電をしながらやるのが重要なように、僕らにとっては学生の成長が一番の充電になります。

<現在発売中の『ビッグコミックオリジナル』(小学館2010年4月5日号)に岩出監督のインタビュー記事が掲載されています。こちらもぜひご覧ください。>