トップリーグ覇者の東芝ブレイブルーパスが初戦で敗れるなど波乱の多かった大会も、最後に笑ったのは、やはりこのチームだった。三洋電機ワイルドナイツ。2月の日本選手権で3連覇を達成した。これは新日鐵釜石(7連覇)、神戸製鋼(7連覇)、東芝府中(3連覇)に続く4チーム目の快挙だ。この野武士軍団を率いるのが現役時代、フランカーとして活躍した飯島均監督である。選手権初優勝をおさめた直後の2008年にチームの指揮を引き継ぐと、連覇のプレッシャーをはねのけ、結果を残している。勝ち続ける組織の秘密に当HP編集長・二宮清純が迫った。
二宮: 2月28日の日本選手権決勝は前半を終えて0−12。トヨタ自動車ヴェルブリッツにリードを許していました。そこから後半で一気に逆転しましたね。非常にエキサイティングなゲームでした。負けている展開からどう立て直そうと考えたのですか?
飯島: ゲーム展開はいつも予想通りにはいかないものです。ですから私は常に負けている時、五分五分の時、リードしている時の3パターンで、控え選手の投入時間を決めて試合に臨んでいます。あの状況は劣勢ですから、当然早めに手を打とうと思っていました。

二宮: 近年のラグビーはルール変更で7人まで選手交代が可能になりました。選手起用やタイミングの部分で、より監督のマネジメント力が問われる時代と言えるでしょう。
飯島: ラグビーは消耗の激しいスポーツですから、選手をどんどんチェンジしていく方法がチーム戦術としては効果的だと考えています。とはいえ、まだ選手たちの中には「スタメンで出たメンバーで最後まで戦う」という考え方が根強く残っている。私たちの考え方を理解してもらって、代えた選手にはフォローもしないと、「なんでオレが代えられるんだ」と不満が出てしまうんです。

二宮: そこでリードを許している中、前半から後半にかけて次々と新たな選手を送り出したわけですね。
飯島: ラグビーの試合時間は80分ですが、負けている時は意外とあっという間に終わってしまう。時間がなくなればなくなるほど、焦りが出てくるので、そうなる前にある程度落ち着いて話をした上で新たな選手を入れていくわけです。ただ、あまりにもカードを早く切り過ぎると、終盤で故障者が出た時に対応できない。実際に残り5分を1人足りない14人で戦わせたこともあります。だから、残り10分で負けていると、カードの出し方は非常に難しくなりますね。

二宮: 前半で12点離された上に内容もトヨタの方が良かった。焦りは感じませんでしたか?
飯島: 12点という差は私たちにとって、それほど大差ではありません。ラグビーの得点というのは3点、5点、7点のいずれか。まず1つペナルティゴール(PG)を決めれば、9点差になります。前半31分に堀江翔太を入れたのも、攻撃の布陣を並び替えて後半に臨みたかったのと、できればPGで三洋が反撃して終わる展開に持ち込みたかったからです。
 残念ながら得点はあげられませんでしたけど、相手を押し込んでハーフタイムに入ることができました。だから私は「少しトヨタが動けなくなってきた。流れは変わる」と見ていました。

二宮: 確かにラグビーの9点差は、そんなに大きな差ではない。
飯島: それで後半3分に狙い通り、PGで3点を返しました。トヨタの実感としては、「ワントライワンゴールで2点差になっちゃう」という雰囲気になったと思います。2点差ならPGで逆転ですから、残り1分でも試合をひっくり返すことが可能になる。

二宮: PGを狙うのか、それともあくまでも押し込んでトライを奪うのか、現場の選手と指揮官で事前にすりあわせをしておくことが大切になりますね。
飯島: 私はいつも「この試合が日本選手権の決勝戦、トップリーグの決勝戦になるつもりで臨もう」と選手に話をしています。その上で、フォワードの状況とか、ラインアウトがとれそうかどうかとか、さまざまな想定の下に「どうする?」「どうする?」と問答を繰り返すんです。
 1月のトップリーグプレーオフの決勝、東芝ブレイブルーパス戦で私たちは0−6で敗れました。1トライ1ゴールで逆転する点差でしたが、肝心のトライがとりきれなかった。もちろん終わった後にどうすべきだったか選手たちと話をしました。そこで1つの結論を出すつもりはありませんでした。むしろ大事なのは、試合の中でリーダーが状況判断し、周りの選手も同じ方向を向いてプレーできる組織をつくることなんです。

二宮: ハーフタイムでは、どういった指示を?
飯島: まず最初の5分間は選手の状態を確認しながら休ませました。後半、自分の計画通りに選手を投入できるか、調子の良し悪しなど情報を集めるんです。そのあとはポジションことにユニットで話をしました。この時の内容はなるべく少ないほうがいい。3つ以上になってしまうと、かえって混乱してしまいますからね。

二宮: 具体的には、どのような話を?
飯島: いろんな指導者の方がよくする話かもしれませんが、「まず『一』をやろう」と。つまり、ディフェンスのシステムがどうのこうのという前に、まずはちゃんと守りのラインを形成することが「一」。そういった最初の部分や最低限の仕事がうまくいかないと、いくら指示をしても成功しない。劣勢の時こそ「一」を大切にすることです。
 もうひとつは自信や安心感を持たせることです。先程の話にあったように選手が12点のビハインドをを大差だと感じるのか、まだ大丈夫と感じるかで、その後の展開は変わってくる。だから、敢えていいところを指摘するんです。「ここはこのまま行こう。そうすれば、相手は必ず息切れする」と。ハーフタイムの短い時間でできることは限られています。たとえ正論であっても、欠点を指摘するだけだったら、「なんで練習でやらなかったんだ!」となりますからね。

二宮: 気の早い話ですが、来年4連覇を達成すれば、最強と呼ばれた釜石や神戸製鋼以来。まだまだ三洋は強くなる余地がありそうですね。
飯島: 私は、今の力はあと2年間ぐらいはキープはできると思います。現在の主力の平均年齢が26、27歳。ここから30歳くらいまでは体力があり、経験も積んで、非常にバランスがとれる状態になるとみています。ですから、その間に次世代にスムーズに交代できるような礎をつくらなければいけないと感じています。
 もうひとつ、スタンドオフのトニー・ブラウンがもう35歳になりました。年齢的な問題を考えると近々、彼の後釜が必要になる。この部分をどう補っていくかが重要な課題になると思います。

二宮: トニー・ブラウンは元ニュージーランド代表で、流れを変えられる貴重な存在。代役といってもそうはいないでしょう。
飯島: そうですね。ただ、これは彼とチームにとっては良くないことだったんですけど、一昨年、トニー・ブラウンはタックルを腹部に受けて外傷性膵炎という大ケガを負いました。その時に入江順和が代役を務めて、ある程度、結果を出すことができた。その点では彼がいなくても何とか戦っていける手応えはつかめました。

二宮: トニー・ブラウンは少々のケガでも試合に出てきます。その点もチームに好影響を与えているのでは?
飯島: やはり彼の姿勢には見習うべき点が多いですね。以前、花園ラグビー場で試合をした帰りに、新幹線でずっと立っていたことがありました。チームメイトとトランプをするのも、ビールを飲むのも立ったまま。「座らないの?」と聞いたら、「いや、ケツが痛いんだ」と。戻って検査したら、骨盤にひびが入っていましたよ(苦笑)。それくらい痛みに強い男です。
 それでも外傷性膵炎の時は、本当にどうなることかと思いました。外傷性膵炎は交通事故でまれに起きるもので、外からの激しい圧力によって膵臓から消化液が漏れ出して、膵臓自体や周りの臓器を消化してしまう。彼は最初、「腹が痛い」と言っていたのですが、どうも様子がおかしいので病院に行くと、胃と胆のうと十二指腸と腸の一部と膵臓を取って洗浄しなくてはいけない状況でした。夜中に緊急手術をしましたが、ドクターから「生きているほうが不思議だ」と言われましたね。普通の人間ながらショック死する段階だったそうです。

二宮: そんな瀕死の状態から、よく復活できましたね……。
飯島: 当初、ドクターには「ラグビーはもちろん、完治するのが難しい」と言われました。結局、食事を摂れば消化液が出てきて漏れ出すので何も食べられない。腸に管をつけて、直接栄養を入れていました。手術から2カ月間で一気に12、13キロ痩せましたね。ところがその3カ月後のトップリーグのプレーオフ決勝には、ドクターに「出る」と告げてピッチに立ちました。実は生きるか死ぬかという手術を受けた後、目が覚めた瞬間に、彼はこう言ったんです。「あぁ、ラグビーの試合をした夢を見た」と。

二宮: それはかっこいいセリフですね。普通、命にかかわる危険な状況でそんなことは言えませんよ。
飯島: しかもタックルしてケガをさせた選手は元チームメイトで、トニー・ブラウンも友達でした。彼から何度か謝罪の電話が来たのですが、私は怒り心頭だったので一切、話をしなかったんです。すると、トニー・ブラウンのほうから「ちょっと話したいから、電話してくれ」と。2人の会話の内容を後で通訳に聞いたところ、トニー・ブラウンが「もうラグビーの試合でのプレイだから、おまえは気にする必要ない。心配しなくていいぞ」と言っていたそうです。

二宮: へぇー、それはすごい。並みの精神力ではない。
飯島: 普通、人間は悪い状況に陥ると落ち込みますが、彼の場合は逆にアドレナリンが出るみたいなんです。退院した時にも食事内容を指導されていたのに、「オレはステーキが食いたかったんだ」と500グラムの肉をペロッと食べました。当然、数値は悪くなりましたけど(苦笑)、今ではケガする前と変わらない量を食べています。骨や筋肉がケガをして治ると強くなるのと一緒で、彼の場合は膵臓が進化を遂げたみたいです(笑)。

<5月1日発売の『第三文明』6月号では、さらに詳しいインタビューが掲載されています。こちらもぜひご覧ください>