――ここまで勝ちにこだわったのに、どうして……。
 これがブラジル代表監督のドゥンガの本音だろう。
 今大会のブラジル代表の戦術は、この大会で多くの国が採用したものだった。
 攻撃は、2、3人の選手に任せる。残りの選手は中盤から相手にスペースを与えないように走り回る。そして、ボールを奪うと、カウンター攻撃を仕掛けるというものだ。
 クリスティアーノ・ロナルドのいたポルトガル、本田圭佑をワントップに置いた日本もこの部類に入れることができるだろう。

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 このやり方だと、失点のリスクを抑え、効率的に得点を挙げることができる。
 ルイス・ファビアーノ、カカ、ロビーニョという個人技に優れた3人を擁するブラジルは盤石の戦いで、この大会を勝ち抜くはずだった。
 ところが――。
 サッカーという競技は、不確定要素が多い。失点のリスクを最小限に抑えるといっても、0にすることはできない。90分試合を支配しながら、一本のシュートで負けることもあるのだ。

 全グループリーグを見渡す限り、ブラジル代表の力は、安定しているだけでなく、頭ひとつ抜けていた。まともに組み合うことができるのは、メッシのいるアルゼンチンと、シュバインシュタイガーに加えてエジルという天才を得たドイツぐらいであったろう。
 対して、準々決勝で対戦したオランダは、グループリーグ無敗で勝ち抜いたものの、日本戦に代表されるように圧倒的な強さはなかった。
 これまで、W杯でブラジルはオランダの攻撃的なサッカーに苦しみながらも、必ず勝ってきた。拮抗した試合になるだろうが、負けるはずはないと、みなが思っていた。
 ところが結果は、ご存じの通り、1対2で敗れた。
 カカの不調、あるいは実質的に中盤の要であったエラーノの欠場など、幾つも敗戦の原因を探すことはできる。しかし、ブラジルにはタレントが揃っており、いくらでも替えがいたはずだ。
 実際、オランダ戦の前半、ブラジルは試合を支配した。ところが、実際に決まったのは、ロビーニョの素晴らしいシュートの一本のみだった。
 この微妙な得点差と油断が、後半の失点に繋がった。
 フィリッペ・メロの不用意な退場もあり、一度壊れた試合をブラジルは戻すことはできなかった。

 翌日の試合でアルゼンチンを圧倒したドイツ代表を見て、ブラジル人はもっと悔しい思いをしただろう。
 ドイツ代表のメスト・エジルは21才、トーマス・ミューラーは20才、バスティアン・シュバインシュタイガーでさえも25才。みな若い。
 世界的には無名かもしれないが、それがどうした――そう言わんばかりに、彼らは、自分たちの力を世界中に見せつけた。
 ブラジルにも、ガンソ、ネイマール、アンドレ、ウェズレーといったサントスの若き才能がいた。ジーコがいたフラメンゴと比較されるほど、強く魅力的なサッカーを展開する彼らが、W杯の舞台に立っていたら、どうなったろうか。
 残念ながら、彼ら“サントスの餓鬼ども”が頭角を現したのは、今年に入ってからだった。ドゥンガは、W杯を安全に勝ち取るために、実績あるメンバーを優先し、彼らのうち1人さえも、メンバーに入れることはなかった。

 実績ある選手による超現実的なサッカーを選択するよりも、若手の爆発的な伸びしろを期待すべきではなかったかという意見は出て当然である。
 もっとも、結果が出てからは何とでもいえる。
 一つだけ確かなのは、サッカー王国にとっては、とてつもなく苦い大会であったことだ。
 ドゥンガは、確実に優勝を狙いに行くために、ブラジルらしいサッカーを捨て、限りなくリスクを減らしたにもかかわらず敗れたのだから。 


田崎健太(たざき・けんた)
 ノンフィクションライター。1968年3月13日京都市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、出版社に勤務。休職して、サンパウロを中心に南米十三ヶ国を踏破。復職後、文筆業に入り著書多数。現在、携帯サイト『二宮清純.com』にて「65億人のフットボール」を好評連載中(毎月5日更新)。2010年2月1日『W杯に群がる男達−巨大サッカービジネスの闇―』(新潮文庫)を刊行、さらに4月『辺境遊記』(絵・下田昌克、英治出版)を刊行。