世界最大のロードレース「ツール・ド・フランス」が今年も開幕した。昨年は新城幸也と別府史之の2選手が出場し、日本勢初となる完走を果たした。今回のツールにも新城が2年連続で出場しており、結果が注目される。

 そして日本国内でも盛り上がった昨年のツールをきっかけに、新たな商品が生まれようとしている。山本化学工業が開発した新素材を使ったロードレース用ウェアだ。かつては自転車少年だった山本富造社長がツールの映像を見て、高速水着素材開発の際に研究したメカニズムを応用できないかと思い立った。
「自転車はこがないと前に進まない。特に毎日200キロ前後を走破しなくてはならない選手たちの疲労は相当なものでしょう。太もも、ふくらはぎが次第にいうことをきかなくなる。その気持ちはよく分かります」

 疲労軽減に必要な血流改善

 疲れが溜まると、足がパンパンになり、動かなくなるのはなぜか。それは運動時に筋肉内に溜まる乳酸が影響している。通常、私たちが運動を続けていると瞬発力を支える白い筋肉(速筋)に乳酸が蓄積されていく。そして血流が悪くなり、筋肉が固くなっていく。思うように体が動かなくなるのは、そのためだ。

 この状態を軽減するためのひとつの対処法が血流を良くすることである。以前も当コーナーで取り上げたように、最新のスポーツ科学の世界では乳酸に対する見方が変わってきた。乳酸は単なる疲労物質ではなく、更にエネルギーをつくりだすための物質だと考えられている。速筋にある乳酸を持久力につながる赤い筋肉(遅筋)へと移せれば、そこでエネルギーに転換できるというのだ。

 乳酸を速筋から遅筋へ速く移動させるためには、血液の流れを滞らないようにすることが大切だ。このサポートを行うウェアが近年、次々と登場してきた。それらは体に着圧をかけることで血液の循環を促す構造になっている。一般的には足首付近は着圧を強くし、血液をしっかり戻す。着圧は太もも、ふくらはぎと体の中心に近づくにつれて弱くなり、末端から心臓への効果的な血液移動を補助している。

 だが、こういったウェアには大きな欠点がある。着圧をかけて体を締めつけるため、どうしても快適性を犠牲にしなくてはならない。目的は違うが、体の表面積を小さくして水抵抗の軽減をはかった高速水着「レーザー・レーサー」も締めつけがきつく、選手は着脱衣に苦労した。山本化学工業では新型水着素材の開発にあたり、選手の着用感も重視してきた実績がある。着圧をかけて血流を促進しつつ、着心地のよいウェア素材をつくることは可能か。開発の段階では、この点にこだわった。

 二次元から三次元へ

 試行錯誤の末、現在、実用化へ動き出している新素材は両方の目的をクリアすることに成功している。その技術は一言でいえば「二次元から三次元へ」の転換である。
「これまでのウェアはたいてい縦方向と横方向から引っ張ることで着圧を上げていました。しかし、我々は繊維とゴムを組み合わせた素材にすることで、縦と横、そして上下に引っ張れる。つまり二次元ではなく三次元で圧力をかける。逆にいえば、どの方向にも引っ張れることで、アスリートの動きを極力、制限しない素材になっています」
 山本社長によれば、こういった発想の素材は「不思議なほど他には例がなかった」という。どの競技でも、アスリートにとって疲労の軽減とスタミナの維持は共通の課題だ。新素材は、あらゆるスポーツのウェアに活用できる可能性を秘めている。

 自転車の本場、ヨーロッパでは早速、この素材に高い関心を持ち、間もなく試作品によるテストが始まる予定だ。
「加えてヨーロッパは雨や霧が多い。これまでのウェアはウインドブレーカーのような撥水素材が主流だったようです。しかし、撥水だけでは断熱ができず、体内から熱が奪われてしまう。そこで雨や風が当たるフロント部分には、撥水はもちろん保温効果があるバイオラバー素材を活用するプランも出ています」

 どうやら水着の世界を変えた最先端の技術が、これからは自転車界にも投入されていきそうだ。来年のツール・ド・フランスでは、今回の新素材ウェアを着用したチームが、ヨーロッパの大地を疾走することになるかもしれない。

 山本化学工業株式会社