選手のコンディショニングをチェックし、各自の目的に応じてトレーニングメニューを組む――現代スポーツ界において、その役割を担うトレーナーは、欠かすことのできない存在になっている。選手たちが試合で最高のパフォーマンスが出せるよう、まさにトレーナーは日々、縁の下で彼らを支えている。だが、それゆえに日頃、トレーナーにスポットが当たることは少ない。今回はスキーの上村愛子選手をはじめ、数多くのトップアスリートを担当する鈴木岳さんに、日本のトレーナー界の現状を訊いた。
二宮: 日本でもトップクラスの選手が専属のトレーナーをつけるケースが増えてきました。鈴木さんは現在、野球、サッカー、テニスなどさまざまなプロスポーツ選手を担当しています。選手との信頼関係を築いていく上で大切なことは何ですか?
鈴木: トレーナーはサービス業であり、選手はお客様であるという意識を忘れてはいけないと思っています。トレーナーのなかには「腹筋、やっといて!」といった態度で選手に接する人もいます。でも、もし、この対象が一般の方だったら接客業としてあり得ない話ですよね。
 我々は選手のパフォーマンスを上げたいというリクエストに応えるために仕事をしています。だから、お互いにプロとして距離感を持って接したほうがいいと感じています。

二宮: 今はトレーナーだけではなく、医師などとチームを組んで選手のケアに当たることが多くなっています。いろんな分野の専門家がタッグを組んでチームや選手の勝利を目指す。今後はますますそんなスタイルが主流になるのでしょうか。
鈴木: そうですね。F1と同じで、さまざまなプロがチームを組んで選手をサポートする。トレーナーもそのなかのひとりとして機能していけばと思いますね。

二宮: 鈴木さんはこのたび、全日本スキー連盟のトレーナー部長に就任したとか。その分、手当などの待遇面は良くなるのでしょうか?
鈴木: いえ、そうでもないんです(笑)。実はナショナルチームのトレーナーを初めて務めた時には、その日当の金額を知って驚きました。日本では代表の仕事は名誉職というか、まだまだ“お国のために頑張って当然”といった意識が強い。仕事内容や時間に比べれば、その金額はあまりにも釣り合わない。

二宮: それは取材をしていて切実に感じます。
鈴木: 五輪の開会式から閉会式まで1カ月くらい帯同していても、その手当だけではとても人並みの生活ができる金額ではありません。成功報酬で担当した選手が入賞すれば褒賞金が出るといった仕組みもない。だから日本では優秀なトレーナーがナショナルチームを離れている現実があるんです。その原因のひとつは待遇面の問題が挙げられます。いいトレーナーがいなければ、いい選手も育たない……。

二宮: つまり、悪循環に陥ると?
鈴木: こういう状況を変えていくためにもトレーナーという職業を、もっと社会で認知してもらいたい。僕は環境が悪いといっても、20代半ばにしてナショナルチームで仕事ができて、しかも担当した里谷多英選手がメダルを獲って、トレーナーとしては恵まれた立場かもしれません。おかげさまで30代になって、いろんな仕事をいただけるようになりましたから。もし僕ひとりが、そこそこ幸せになるんだったら、「R-body project」という会社を立ち上げないほうがラクでした。ただ、トレーナーという職業に夢が持てない現状では、志す人間も少なくなってしまう。だからこそ、会社での活動を通じてアスリートだけでなく、一般の方々の健康もサポートしながら、トレーナーという仕事の本質を知ってもらうことが大切だと思ったんです。

二宮: 確かにトレーナーがもっと一般的に身近な存在になれば、その仕事の内容も広く知られます。いい選手を育てる仕事であると同時に、社会にも大きく貢献している仕事だと。
鈴木: そうなることが僕の希望ですね。多くの人たちの健康増進に貢献できれば、医療費の支出も減って国の財政負担の軽減にもつながりますから(笑)。

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