日本男子ボート界の第一人者で、1996年のアトランタ五輪から4大会連続で五輪出場を果たしている武田大作(ダイキ)が、ロンドン五輪アジア大陸予選会(4月、韓国)に臨む軽量級ダブルスカルの代表クルーから落選し、補漕となった結果を不服として、日本スポーツ仲裁機構(JSAA)に申立を行った。申立では日本ボート協会に今回の代表クルー内定取り消しと、選考レースのタイムを公表した上での再決定を求めている。3日、都内の岸記念体育会館で会見を開いた武田は、「タイムで選ぶという基準が最初に示されながら、最後に変更されたのは納得がいかない」と申立に至った理由を説明した。
(写真:会見で申立内容を説明する武田(右)と白井弁護士)
 問題になっているのは、今回の五輪予選に向けて協会が採用した代表クルーの選考方法だ。武田は軽量級ダブルスカルでシドニー五輪、アテネ五輪でいずれも6位に入賞した実力者。ただ、近年はペアを組む相手を探すのに苦労し、五輪予選を兼ねた昨年8月の世界選手権には出場できなかった。そのため、4月のアジア大陸予選会(3位以内に五輪出場権)に照準を合わせ、昨年10月から11月にかけて実施された代表クルー合宿に参加した。

 協会では昨年9月に指導体制が一新し、従来の選考方法を改めた。その要領はボート協会のHPにも詳細に記載されており、最終選考に残った武田を含む6選手は、ペアを変更しながら10レースを実施。個々人の平均タイムの上位2名が代表となることが決まっていた。さらに2位と3位が僅差の場合は上位4名によるプレーオフレースを追加し、決着をつける方式が導入された。

 10レースが終了した時点で協会は結果が僅差だったとしてプレーオフ2レースの実施を発表。武田が組んだペアは、そのいずれのレースでも、もうひとつのペアより好タイムだった。ところがレース後のミーティングではプレーオフを含めたレースの記録は公表されず、武田は補漕となることだけが告げられた。しかも、選考10レースでは明らかに1位だったと思われる浦和重(NTT東日本東京)も代表から漏れていた。

 申立書によれば、疑問を抱いた武田は協会の強化委員会に説明を要求。すると、「イレギュラーが起こった」との回答があり、「その理由についてはプライバシーにかかわるから言えない」と詳細を明かさなかった。後日、改めて武田が説明を求めたところ、選考10レースの終了時では武田は2位と僅差の3位(浦が1位)だったことが判明。選考要領に従えば、プレーオフを経て武田は2位に浮上し、浦とのペアで代表クルーとなるはずだった。

 ところが協会側は、そもそも選考10レースの間に“イレギュラー”が起こったと武田側に返答する。そのイレギュラーとは、第6レースで浦が他のクルーを威嚇する大声を出したというもの。これにより、選考レースに参加していた、ある選手が「委縮し、本来の力を出せなかった」との申し出があったことを明らかにした。協会では、この行為を“オアズマンシップ(一般のスポーツマンシップに該当)”に欠けているとみなし、「本来の力を出せなかった」とされる選手を除いてレース平均タイムを再計算したところ、武田は3位となり、2位と明確な差があった旨が告げられた。そして僅差ではなかったため、その後、実施されたプレーオフは“無効”とされた。

 武田サイドはこれらの経緯を踏まえ、申立書のなかで今回の選考過程に関する問題点を指摘。まずは、オアズマンシップから外れたとされた浦の行為の是非だ。武田によれば、浦が大声を発したのは他クルーのルール違反を指摘するものであり、周囲の選手を威嚇する内容では全くなかった。そのルール違反はコーチ陣も認めており、現場で浦の発言をとがめる者はいなかった。さらに、協会側が「委縮した」との申し出があったとする選手に武田自身がメールを送ったところ、「すべて全力を尽くした」との返信があったという。

 2点目は、“イレギュラー”が起きた後の協会の対応だ。まず協会は選考レースに予備日を設定していながら、再レースを実施しなかった。また申し出を行ったとされる選手は“イレギュラー”が発生した前のレースも含め、すべて省いてタイムを再計算するという方法がとられている。この方法に関して、選手サイドには説明がなかった。
「(公式サイトには)はっきりした選考基準が記載されているのに、実際の選び方は違う方法になっている。ルールにのっとって頑張ったのに、違うルールになったら選手はかわいそう」
 武田の代理人を務める白井久明弁護士はそう指摘する。加えて言えば、各選考レースのタイムは「プライバシーにかかわる」として未だに明らかにされていない。一般公開された大会ではないとはいえ、日本代表の選考レースであれば、公的な性格を帯びる。どのような理由にせよ、その記録が「プライバシー」と言えるかどうかは疑問だ。

 この不可解に映る選考の背景には協会が選手の若返りをはかっていた側面が否めない。順当なら代表入りしていた武田は38歳で、浦は36歳といずれもベテラン。申立書では選考合宿前、武田が阿部肇ヘッドコーチから「軽量級ダブルスカル(の代表)には選ばない」との電話を受けたことも記されている(直後にヘッドコーチは発言を撤回)。しかし、選考基準には年齢について「未成年(高校生)は対象外」とあるのみ。協会はあくまでもロンドン五輪で「入賞(8位以内)」を目指している。「プレーオフでは代表に選ばれたクルーより、僕と浦選手の組み合わせのほうが速かった。協会としても日本最強のクルーを五輪に送り込むのが目標のはず。年齢は関係なく、強いクルーを代表にすべき」との武田の主張は筋が通ったものだ。

 武田は当初、「スポーツ仲裁に申立する必要はない」と話し合いでの解決を望んでいた。だが、申立書によれば、上記の指摘に対し、協会は理事会の議題にすらあげず、真摯に対応する意思を示さなかった。さらに所属するダイキの大亀孝裕会長(愛媛県体育協会会長)に対する書面での説明は、「最下位の選手が大幅に不振で、他の選手の足を引っ張るかたちになったため、記録から除外した」となっており、武田が聞いていた内容とは異なっていた。これらが選考への不信感を一層、募らせた。何より、武田を今回の行動に突き動かしたのは、「五輪で勝ちたい」という強い思いだ。
「僕は世界で勝てなくなったら現役を辞めようと思ってやってきました。でも、今なら、まだ勝てる。五輪に出ることには固執していません。今のままでは、選ばれた選手もかわいそう。早く決着して、本当に強い選手が五輪に出てほしい。それが僕の希望です」

 今後のポイントは協会がJSAAの仲裁に応じるかどうか。現在、ボート協会の定款には、協会の決定に不服があった際、JSAAを仲裁機関とする規定がない。そのため協会側が同意しない限り、武田の訴えは取り上げられない。ここにはボート協会に限らず、日本のスポーツ競技団体の約半数がJSAAを仲裁機関として受諾していない問題がある。しかし、昨年6月に成立したスポーツ基本法では「スポーツ団体は、スポーツに関する紛争について、迅速かつ適正な解決に努める」と定められた。担当の白井弁護士は今回の事例を「スポーツ基本法が生かされるかどうかの試金石」と位置づける。「ボート協会をはじめ各競技団体は公的な補助金を受けているし、五輪出場に関しても国の支援が出ている。それらを鑑みれば、五輪の代表選考に関わる紛争解決を公的な場に求めるのは当然」と協会に仲裁に応じるよう訴えた。

「僕は協会の体制を批判しているのではありません。あくまで代表選考のタイムを公開して、みんなが納得するかたちにしてほしい。正直、泣き寝入りする方法もあったかもしれませんが、今後、代表を狙う若い選手も納得して競技をやってほしいんです。他のスポーツも含め、将来、こんなことが起きないよう、選ばれた選手が納得して五輪に行って頑張れるようにしてほしい」
 15年以上に渡り、日本ボート界をリードしてきた功労者の声に、協会はどう応えるのか。武田サイドは4月のアジア予選への準備期間を考慮し、2月末までの裁定を求めている。まさにオアズマンシップにのっとり、早期解決が望まれる。

(石田洋之)