射撃の松田知幸は、ロンドン五輪日本代表の日本人内定第1号だ。一昨年8月に行われた世界射撃選手権で、2つの五輪種目(50メートルピストル、10メートルピストル)を制し、代表の座を射止めた。前回の北京五輪では、50メートルピストルが8位、10メートルエアピストルは18位に終わった。だが、その後成長を遂げ、今や金メダルの有力候補。2度目の大舞台に臨む世界王者に、二宮清純がインタビューした。
(写真:五輪のスケジュール上、日本最初の金メダル獲得が期待される)
二宮: 点数計算はどのように?
松田: 標的の黒い部分にある二重丸内が10点圏内になります。予選の60発は1発10点が最高ですが、決勝は10点圏内のみ10分の1刻みとなります。つまり、最高得点は10.9点です。

二宮: 10点圏内である二重丸の直径はどのくらいですか?
松田: 50メートルピストルは直径5センチなので、500円玉より少し大きいくらいです。10メートルエアピストルは、直径1.1センチ。タバコのフィルターほどの大きさだと思います。

二宮: そんなに小さいんですか!? 松田さんが世界選手権で優勝した際の得点は、50メートルが669.7点、10メートルは689.4点です。予選(60発)と決勝(10発)を合わせた満点が709点。ほとんどを中心(10点圏内)に当てていることになります。
松田: たとえば、10発100点満点だと仮定します。1発目を8点部分に外した。しかし、残りをすべて10点圏内に当てれば合計は98点と悪くない結果です。大切なのは、最後の一発まで諦めないことです。なので、普段の練習で思いどおりの射撃ができない時は、諦めない気持ちを養う訓練だと思いながら撃っています。

二宮: 精神修行のようなものですね。
松田: 今は日常生活でも苦しさを求めていますね(笑)。何をするにしても、2つの選択肢を設定するんです。たとえば、ランニングをする時に雨が降っていて「今日は走りたくないな」と思っても、「よし。ここを走ることで、次の試合に勝てるかもしれない」と苦しい方を選びます。走ると決めたら、「じゃあ、どのくらい走ろうか」となりますよね。そうなったらまた二択。たとえば、4キロと5キロの選択肢をとったとすれば、走る前は4キロを選んだとしても、実際は5キロ走ります。苦しい方を選ぶことで、精神面を鍛え上げるんです。

二宮: 苦行を求めるという点では、選手というより、修行僧と言った方が適切かもしれません(笑)。つまりは忍耐が大事。すぐに腹を立てるような人間は射撃には向かないですね。
松田: いや、そうとも言えません。私も決して気が長くはないですから(笑)。

二宮: 本当ですか!? イライラしては競技に集中できないでしょう?
松田: ダメです。なので、競技を始めた当初はとても苦しかったですね。思うような射撃ができないと、すぐイライラしていました。なかなか成績が上がらなかったのは性格が要因だったと思います。ただ、その時にコーチから「何やっているんだ。何でそんな考え方なんだ」という具合に、イライラしない方法を叩きこまれました。なので、今はだいぶ丸くなりましたね(笑)。

二宮: 性格はトレーニングや考え方で矯正できるものですか?
松田: 競技中だけ矯正することは無理です。いかに、競技以外の時間で耐えるかですよね。人間はイライラするものです。車に乗っていて渋滞に巻き込まれたとします。以前なら「チクショー、何で渋滞しているんだよ」とイライラしていました。それが今は「あ、今イライラしている。よし、このイライラをなくしたら、次の試合で苦しい時に一発踏ん張れるかもしれない」と考えるようにしています。
(写真:今年から左手をズボンのポケットに入れるフォームに変えた)

二宮: ロンドン五輪では修行の成果が試されます。前回の北京五輪では50メートルが8位入賞、10メートルは18位でした。2度目の五輪をどう戦いますか?
松田: 2回目だからという思いはないですね。北京の時は北京、ロンドンの時はロンドンと考えています。私は世界王者ですが、五輪金メダリストではありません。五輪という舞台では、後者のほうが立場は上です。ロンドン大会には北京大会の金メダリストも出場してきます。あくまで私は挑戦者として大会に臨みたいですね。ただ、自分の力さえ出せれば、優勝できると思っています。

<5月20日発売の小学館『ビッグコミックオリジナル』(2012年6月5日号)に松田選手のインタビュー記事が掲載されています。こちらもぜひご覧ください>